- 時期
- 1490–1527年
- 地域
- イタリア(フィレンツェ、ローマ、ミラノ、ヴェネツィア)
- 時代
- ルネサンス
盛期ルネサンス
15世紀末から1527年のローマ劫掠までのおよそ30年間、フィレンツェとローマを中心に展開したルネサンス絵画の頂点。レオナルド、ミケランジェロ、ラファエロが、均衡のとれた構図と自然な人体表現を完成させた。
解説OVERVIEW
定義と時代背景
盛期ルネサンスは、15世紀の初期ルネサンスが切り開いた線遠近法や解剖学的な人体表現を土台に、それらを一つの調和した画面へまとめ上げた時期を指す。おおむね1490年代から、神聖ローマ皇帝カール5世の軍がローマを略奪した1527年までとされる。制作の中心は、共和政下のフィレンツェから、教皇ユリウス2世とレオ10世の大規模な注文が集まったローマへと移っていった。
造形上の特徴
見分けるときの手がかりは、第一に人物を三角形に組む安定した構図である。第二に、輪郭線よりも明暗の移行で量感をあらわす点で、レオナルドのスフマートはその極点にあたる。第三に、理想化されながら解剖学的に自然な人体と、落ち着いた身ぶりが挙げられる。背景の建築や風景は線遠近法と空気遠近法で奥行きのある一つの空間にまとめられ、人物と空間の関係に破綻がない。
代表画家と代表作
レオナルド・ダ・ヴィンチの《モナ・リザ》、《最後の晩餐》、《聖アンナと聖母子》、ミケランジェロの《聖家族(ドーニ家の円形画)》(1505〜1506年頃)とシスティーナ礼拝堂天井画(1508〜1512年)、ラファエロがヴァチカン宮殿「署名の間」に描いた《アテネの学堂》(1509〜1511年)が代表作である。ラファエロの祭壇画《システィーナの聖母》(1512〜1513年)では、画面そのものが見る者の前に現れる幻視となっている。ヴェネツィアではジョルジョーネとティツィアーノが、線よりも色彩を重んじる独自の盛期ルネサンス(ヴェネツィア派)を展開した。パルマではコレッジョが、光を生まれたばかりの幼子だけから放たせる《羊飼いの礼拝》(1528〜1530年頃、アルテ・マイスター絵画館)で、イタリア絵画で最初の記念碑的な夜景画を描いた。
前後の流派との関係
初期ルネサンスの画家たちが個別に探究した遠近法・人体・光の表現は、盛期ルネサンスで一つに総合された。しかし完成された均衡は、次の世代にとっては乗り越えるべき規範ともなる。ローマ劫掠による芸術家の離散とも重なって、1520年代以降は、引き伸ばされた人体や不安定な構図で技巧を競うマニエリスムへと移行していった。