
自画像の素描(1496年頃)
Wikimedia Commons / Public domain- 生没年
- 1429–1507年
- 国籍
- ヴェネツィア共和国
- 様式
- ヴェネツィア派・初期ルネサンス
ジェンティーレ・ベッリーニ
ヴェネツィアの画家。父ヤコポの工房で弟ジョヴァンニと働き、共和国の公式の画家として総督の肖像を描いた。1479年にはスルタンのメフメト2世のもとへ派遣された。同信会の大画面に街の姿を細やかに描いた。
略歴BIOGRAPHY
生涯
『イタリア人名辞典』によれば、画家ヤコポ・ベッリーニとアンナ・リンヴェルシの長男として、1429年の初めにヴェネツィアで生まれたとみられる。名は父の師ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノにちなむ。父の工房で弟ジョヴァンニとともに働き、1469年には皇帝フリードリヒ3世から宮中伯の称号を受けた。1474年に大評議会の間の壁画の修復を任され、総督の肖像を描く役を得て、共和国の公式の画家となった。1479年、スルタンのメフメト2世が「肖像の描ける良い画家」を求めると、共和国から派遣されてコンスタンティノープルに渡り、翌年の末ごろ帰国した。晩年は病に苦しみ、1507年2月23日に没して、サンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ教会に葬られた。
様式
同辞典によれば、若いころは義兄アンドレア・マンテーニャとパドヴァの画家たちの影響を受け、何より肖像画家としての才に秀でた。細部への注意が持ち味で、外の世界を、その時々の移ろいや逸話の魅力とともに忠実に描いた。一方で、人や出来事を動かす目に見えない動機にまで踏みこんだ弟ジョヴァンニとは、そこが異なるという。
代表作
同辞典によれば、確かな年をもつ最初の作は1465年の《福者ロレンツォ・ジュスティニアーニ》(アカデミア美術館)である。1480年11月25日の年記をもつ《メフメト2世の肖像》(ロンドン・ナショナル・ギャラリー)は、コンスタンティノープル滞在の重要な証とされる。サン・ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ同信会のための聖十字架の奇跡の連作では、1496年の《サン・マルコ広場の行列》など3点を描いた。最後の作《アレクサンドリアでの聖マルコの説教》(1504〜1507年、ブレラ美術館)は、死後に弟が完成させた。大評議会の間の連作と総督の肖像の多くは、1577年の火災で失われた。
影響
同辞典は、ジェンティーレの功績を、父に促されて、ヴェネツィアのたぐいない美しさが絵になることを最初に感じとった点にあるとし、のちのヴェネツィアの都市景観画の先駆けと位置づけている。聖十字架の連作はヴィットーレ・カルパッチョらとの共同の仕事で、同辞典は二人を、ヴェネツィアの最もすぐれた二人の物語の語り手と呼ぶ。