
肖像版画(作者・制作年不詳)
Wikimedia Commons / Public domain- 生没年
- 1444–1514年
- 国籍
- ウルビーノ公国
- 様式
- 盛期ルネサンス
ドナト・ブラマンテ
1444年にウルビーノ近郊に生まれ、1514年にローマで没したイタリアの建築家・画家。ミラノのスフォルツァ家の宮廷で活動し、のちにローマで教皇ユリウス2世のためにサン・ピエトロ大聖堂を設計した。
略歴BIOGRAPHY
生涯
本名はドナト・ディ・パスクッチョ。英語版ウィキペディアによれば、1444年にウルビーノ公国のフェルミニャーノに生まれ、1474年ごろミラノに移った。ブレラ美術館の解説によれば、遠近法で絵の空間を組み立てる数学の研究の中心地ウルビーノで学び、ミラノではルドヴィーコ・イル・モーロの宮廷でサンタ・マリア・プレッソ・サン・サティロ聖堂の仕事に携わった。英語版ウィキペディアによれば、1499年にフランス軍がスフォルツァ家をミラノから追うとローマに移り、1503年に教皇ユリウス2世からサン・ピエトロ大聖堂の設計を任され、1506年4月に最初の柱の礎石が据えられた。1514年4月11日にローマで没した。
様式
ブレラ美術館によれば、ミラノでは見る者の感情を動かす錯視の効果を追い求めた。サン・サティロ聖堂では、内陣の奥行きを取る場所がなかったため、漆喰で偽の穹窿をつくって空間を広げてみせた。絵画でも、ウルビーノで身につけた彫刻のような造形に、ミラノで出会ったレオナルド・ダ・ヴィンチの、体の動きや表情の研究から学んだ自然な細部を加えた。
代表作
絵画では、1490年代の初めごろの《柱に繋がれたキリスト》(ブレラ美術館)がある。英語版ウィキペディアによれば、建築では、ミラノのサンタ・マリア・プレッソ・サン・サティロ聖堂(1482〜1486年頃)とサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ聖堂の内陣(1492〜1499年)、ローマのサン・ピエトロ・イン・モントーリオのテンピエット(1502年)、ヴァティカンのベルヴェデーレの中庭の計画(1505〜1506年)が知られる。
影響
マドリードのティッセン=ボルネミッサ美術館の解説によれば、弟子のブラマンティーノは、光の使い方、量感を線で組み立てる手法、遠近法などでブラマンテに強い影響を受けた。英語版ウィキペディアによれば、サン・ピエトロ大聖堂のブラマンテの設計は、のちにミケランジェロが実現した案の土台となった。