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《モンドの磔刑》

The Crucified Christ with the Virgin Mary, Saints and Angels (The Mond Crucifixion)
《モンドの磔刑》ラファエロ・サンティ
Wikimedia Commons / ロンドン・ナショナル・ギャラリー / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
ラファエロ・サンティ
制作年
1502–1503年
素材
板(ポプラ材) / 油絵具
寸法
283.3 × 167.3 cm
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ウンブリアの風景を背に十字架のキリストが掛かり、雲に乗った二人の天使が金の杯で血を受ける。十字架の左右には聖母と福音記者ヨハネが立ち、足もとには聖ヒエロニムスとマグダラのマリアがひざまずく。

概要

《モンドの磔刑》は、イタリアの画家ラファエロ・サンティが1502年から1503年頃に描いた祭壇画で、ロンドン・ナショナル・ギャラリーが所蔵する。館の記録では、ポプラ材の板に油彩で描かれ、縦283.3センチ、横167.3センチ。所蔵番号はNG3943で、第61室に展示されている。館の題は「聖母マリア、聖人たち、天使たちのいる磔刑のキリスト(モンドの磔刑)」。館によれば、ラファエロの最も早い時期の作品の一つで、通称は1924年に本作を館に遺贈したルートヴィヒ・モンド(1839〜1909年)にちなむ。

画面の読み解き

館の解説によれば、「I.N.R.I.」の銘を戴く十字架にキリストの体が掛かり、腰に渦巻くリボンをつけた二人の天使が、左右の細い雲の上に釣り合いをとって立つ。天使たちは傷から流れる血を金の杯で受けており、その杯は、下の祭壇でミサのときにぶどう酒を注ぐ杯を思わせる。空には、キリストの死と重なった日食を示す太陽と月がともに見え、ラファエロは月に銀箔、太陽に金箔を使った。十字架の足もとでは聖ヒエロニムスとマグダラのマリアが、崇敬と哀れみをこめてキリストを見上げる。喪の色の紫がかった黒をまとう聖母は十字架の左に、福音記者ヨハネは右に立ち、二人とも見る者のほうを向いて悲しみに手をよじる。茶色の前景の十字架の向こうにはウンブリアの風景が広がり、遠くにチッタ・ディ・カステッロの町が見える。

技法・様式

館によれば、本作は当時中部イタリアを代表する画家だったペルジーノに強く影響されている。全体の構図は、ペルジーノが1480年代から1490年代に描いた風景のなかの磔刑の作例にもとづき、とりわけペルージャのサン・フランチェスコ・アル・モンテ修道院の磔刑の祭壇画によく似ている。ラファエロは、ペルジーノの人物の小さな目鼻立ちの甘い卵形の顔と様式化された手のしぐさを取り入れ、対称と調和、明快な構図の原理を学びながら、それにいっそうの柔らかさと洗練を加えた。十字架の輪郭は定規とコンパスで、太陽と月はコンパスで板に刻まれ、人物の部分は塗り残して描き直しなく仕上げられている。ラファエロは手や指で濡れた絵具を押さえて肉づけしており、キリストの髪や顔、ひげの影には指紋や手のひらの跡が見える。

来歴

館によれば、本作は毛織物商で銀行家のドメニコ・ガヴァーリが、ウンブリアのチッタ・ディ・カステッロにあるサン・ドメニコ聖堂の、聖ヒエロニムスにささげた自分の墓所の礼拝堂のために注文した。今も聖堂に残る石の枠には、「ドメニコ・ディ・トンマーゾ・ガヴァーリがこの作品を作らせた 1503年」というラテン語の銘がある。館の来歴によれば、本作は1818年に聖堂からフェッシュ枢機卿に売られ、1845年のフェッシュの売り立てを経て、1847年にウォード卿(のちのダドリー伯)の手に渡った。1892年のダドリーの売り立てでルートヴィヒ・モンドのために購入され、1924年に遺贈によって館に入った。

意義

館によれば、ラファエロは十字架の足もとの茶色の絵具を引っかいて下の銀箔を出し、「ウルビーノのラファエロが描いた」という署名を記した。ジョルジョ・ヴァザーリは、もしラファエロが署名していなければ、ペルジーノではなく彼が描いたとは誰も信じなかっただろう、と書いたことで知られる。磔刑の場にいなかった聖ヒエロニムスが描かれているのは、礼拝堂がこの聖人にささげられていたためである。キリストの死後の奇跡を描いたプレデッラ(祭壇画の下部の小さな板絵)のうち2枚が、ノースカロライナ美術館とリスボンの国立古美術館に残っている。