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《大公の聖母》

La Madonna del Granduca
《大公の聖母》ラファエロ・サンティ
Wikimedia Commons / パラティーナ美術館 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
ラファエロ・サンティ
制作年
1506–1507年
素材
パネル / 油絵具
寸法
84.4 × 55.9 cm
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黒い背景の前に、青いマントをまとった聖母が幼子を抱いて立つ。聖母は物憂げに目を伏せ、幼子は母の胸に手を当てて、まっすぐこちらを見る。二人の頭上には細い光輪が金の線で描かれている。

概要

《大公の聖母》(伊: La Madonna del Granduca)は、ラファエロ・サンティが1506年から1507年ごろに描いた油彩画である。板に描かれ、縦84.4センチ、横55.9センチ。フィレンツェのピッティ宮殿にあるパラティーナ美術館が所蔵し、同館の「サトゥルヌスの間」に掛かる。所蔵館は、ラファエロの最も名高い作品の一つであり、ラファエロの板絵とカンヴァス画を世界で最も多く持つ同館を象徴する一点とする。名は、トスカーナ大公フェルディナンド3世(1769〜1824年)にちなむ。

画面の読み解き

所蔵館によれば、聖母マリアは立ったまま幼子を腕に抱き、物憂げに目を伏せながら、見る者に向かって幼子を差し出し、その愛らしくも真剣な顔を見つめるよう誘っている。二人の身ぶりは控えめで、簡素な構図全体が、母と子を結ぶ深い愛情と、やがて訪れるキリストの犠牲への痛ましい予感を伝える。聖母は赤い衣の上に、緑の裏地のついた青いマントを頭からかぶり、幼子は聖母の胸に片手を当て、白い布を腰に巻いている。二人の頭上には、細い金の線で光輪が描かれる。

技法・様式

所蔵館によれば、ラファエロはペルジーノのもとで学んだのち、1504年から1508年までフィレンツェに滞在した。そこではミケランジェロ、レオナルド、フラ・バルトロメオが傑作を生み出しており、ラファエロは聖母子の主題をくり返し描きながら、レオナルドに学んだ繊細なスフマートとキアロスクーロで、より量感のある記念碑的な描き方を身につけた。ドナテッロやルカ・デッラ・ロッビアら15世紀の彫刻家が数多く残した聖母子像も手本になったという。黒い背景は当初からのものではない。フィレンツェの貴石修復研究所(オピフィーチョ・デッレ・ピエトレ・ドゥーレ)のX線調査で、黒の下に、アーチを支える柱のある室内と、右手に開けた風景が描かれていたことがわかった。のちに好みの変化に合わせて背景が塗りつぶされたとみられる。ウフィツィ美術館の素描版画室には、この絵の構図を練った習作素描が残る。

来歴

所蔵館によれば、注文主や元の持ち主はわかっていない。1799年の秋から1800年の冬にかけて、ウィーンにいたフェルディナンド3世が購入を許し、絵はピッティ宮殿に入った。大公はナポレオン支配の時代に亡命する際もこの絵を持ち出した。宮廷がフィレンツェに戻ると絵は宮殿の私室に飾られ、大公は自分が留守のあいだだけ公開を許したという。1882年から現在のサトゥルヌスの間に掛けられている。所蔵番号は1912年目録の178番。

意義

所蔵館は本作を、聖なるものを身近で人間的な姿に描き出すラファエロの力を示す、最も愛された作品の一つと評する。フィレンツェ時代の数多い聖母子像のなかでも、背景を闇にとざした姿で広く知られる作品である。