《ラ・フォルナリーナ》
ラファエロ・サンティが1520年頃に描いた女性像。胸をあらわにした若い女性が、薄いヴェールを胸元に押さえて座り、左腕の腕輪には画家の署名が記されている。37歳で世を去った画家が最後まで手元に置いた作品とされる。
概要
《ラ・フォルナリーナ》(伊: La Fornarina)は、ラファエロ・サンティが1520年頃に描いた板絵の女性像である。胸をあらわにした若い女性が、透ける薄いヴェールを右手で胸元に押さえ、赤い布を膝にかけて座る。左腕に巻いた青い腕輪には、「RAPHAEL VRBINAS(ウルビーノのラファエロ)」の署名が金の文字で記されている。37歳で急逝した画家の最晩年の作で、盛期ルネサンスを代表する画家の最も親密な肖像画として、ローマの国立古典絵画館がバルベリーニ宮で展示している。
来歴
ラファエロは本作を亡くなるまで自分の工房に置いていたとされる。記録に初めて現れるのは1595年の書簡で、ローマのサンタ・フィオーラ伯爵夫人カテリーナ・ノービリ・スフォルツァの収集にある「生身の女性を写した、ラファエロによる裸婦の半身像」と記された。その後ソーラ公ジョヴァンニ・ボンコンパーニの手を経て、早くにバルベリーニ家が入手し、1642年からその目録に載っている。「フォルナリーナ(パン屋の娘)」という呼び名は18世紀後半の版画の題に始まるもので、それより前には確認されていない。
画面の読み解き
女性は体を左に向けて座り、顔をこちらに向けて、見る者のわずかに傍らへまなざしを送る。右手で胸を覆い、左手を膝に置く身ぶりは、古代彫刻の恥じらいのヴィーナスの型を思わせる。頭には金と緑、青の縞の絹のターバンを巻き、真珠を下げた宝石の留め金で飾る。背後には、ヴィーナスに捧げられた植物ギンバイカ(ミルテ)の茂みが暗く広がり、その間からわずかに青空がのぞく。マルメロの枝も描き込まれ、愛と豊穣を暗示するとされる。左からの澄んだ光が肌を照らし、暗い背景から体を浮かび上がらせている。
モデルは、画家の恋人で、ローマのトラステヴェレ地区のパン屋の娘マルゲリータ・ルーティと伝えられてきた。しかし確かな証拠はなく、ラファエロが繰り返し描いた理想の女性美の一つとみる見方や、愛の女神ヴィーナスを重ねた像とする解釈もある。腕輪の署名は、画家とモデルの結びつきを示す愛のしるしとも読まれてきた。
技法・様式
板絵に油彩で描かれている。X線調査によって、はじめ背景にはレオナルド・ダ・ヴィンチ風の風景が描かれていたことがわかり、のちにギンバイカの茂みに描き替えられた。丁寧に仕上げられた顔と、やや硬い体の描き方との違いから、弟子ジュリオ・ロマーノら工房の手が加わったとする説もあり、研究者の意見は分かれている。2020年には、ラファエロ没後500年の展覧会への出品に合わせて、蛍光X線による分析が行われた。
意義
ラファエロの女性像のなかで、最も親密で官能的な作品として知られる。画家と恋人の伝説は19世紀の人々を魅了し、フランスの画家アングルは1814年に《ラファエロとフォルナリーナ》を描き、同じ主題の小説やオペラも生まれた。聖母子像で知られるラファエロの別の顔を伝える作品として、今日も国立古典絵画館を代表する一点となっている。