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《聖母被昇天》

《聖母被昇天》ティツィアーノ・ヴェチェッリオ
Wikimedia Commons / サンタ・マリア・グロリオーザ・デイ・フラーリ聖堂 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ
制作年
1516–1518年
素材
板 / 油絵具
寸法
668 × 344 cm
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赤い衣に青いマントのマリアが、幼い天使たちに支えられた雲に乗り、両腕を広げて天を仰ぐ。上では父なる神が天使とともに待ち、下では驚いた使徒たちが手を伸ばして見上げる。周りを石の祭壇の枠が囲む。

概要

《聖母被昇天》は、ヴェネツィアの画家ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1516年から1518年に描いた祭壇画で、ヴェネツィアのサンタ・マリア・グロリオーザ・デイ・フラーリ聖堂の主祭壇に掲げられている。イタリアでは「アッスンタ」と呼ばれる。2018年から2022年の修復を支えた団体セーヴ・ヴェニスによれば、ヴェネツィアで最も壮大なフランチェスコ会の聖堂の主祭壇のために注文された、ティツィアーノ最大の一枚板の絵で、高さは22フィート(約6.7メートル)を超え、22枚の水平に継いだポプラ板に油彩で描かれている。

画面の読み解き

同団体の解説によれば、赤い衣のマリアは、重みを支えるように描かれた雲に乗って昇るだけでなく、空間の中へ一歩踏み出し、両腕を上へ、彼女を天の女王として戴冠しようと待つ父なる神へ、そして主祭壇の前に集う会衆へと広げている。下では使徒たちが、開いたマリアの石棺のまわりに輪をなし、身ぶりを交わす。マリアの左右の幼い天使が掲げる銘「BE VI」(祝福された聖母)と「GLO」(栄光の)は、聖堂の名とマリアの「栄光の」被昇天を指す。ティツィアーノは石棺の台に、彫り込んだように「TICIANVS」と署名した。

技法・様式

同団体によれば、この絵は長く、上の円形の空間のマリアと、下の横長の帯の使徒たちという二つの幾何学的な形でできており、画家は奥行きを抑えて垂直の上昇を強調したと考えられてきた。しかし近年の修復で本来の奥行きが現れ、ずっと複雑で立体的な構図が見えてきた。この空間は、フランチェスコ会が重んじた無原罪の御宿りと、聖母の肉体の被昇天の教えも視覚的に強めている。絵はブレーニョ兄弟の作とされるイストリア石の枠に収まり、枠はティツィアーノ自身と協力して古代ローマの凱旋門にならって構想された。

来歴

同団体によれば、1518年5月19日の除幕では、大胆な構図と前例のない大きさに人々が驚き、非難する者もいた。ルドヴィーコ・ドルチェは1557年の『絵画問答』でこの反応を伝えつつ、ティツィアーノをミケランジェロやラファエロに並ぶ画家とたたえた。聖堂の協力で編まれた論集のイザベッラ・チェッキーニの論文(2015年)によれば、本作は窓を背にして見えにくく、蝋燭の煙で暗くなっていたため、1816年末に聖堂を離れてヴェネツィアの美術アカデミーに移された。1917年には戦火を避けてクレモナ、さらにピサへ運ばれ、1920年に聖堂へ戻った。

意義

セーヴ・ヴェニスは、本作によってティツィアーノが画業の新たな頂点に立ち、ミケランジェロのシスティーナ礼拝堂の天井画やラファエロの「署名の間」と並ぶ盛期ルネサンスの金字塔の一つになったと述べる。同じ時期のティツィアーノの作品には、《バッカスとアリアドネ》がある。