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《ヒワの聖母》

Madonna del Cardellino
《ヒワの聖母》ラファエロ・サンティ
Wikimedia Commons / ウフィツィ美術館 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
ラファエロ・サンティ
制作年
1505–1506年
素材
ポプラ・パネル / 油絵具
寸法
107 × 77.2 cm
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野に腰かけた聖母の膝もとで、幼い洗礼者ヨハネが小鳥のヒワを差し出し、幼子イエスがそっと手を伸ばしてなでる。聖母は本から目を上げて、二人を静かに見守っている。

概要

《ヒワの聖母》(伊: Madonna del Cardellino)は、イタリアの画家ラファエロ・サンティがフィレンツェで1505年から1506年ごろに描いた油彩画である。縦107センチ、横77.2センチの板絵で、ウフィツィ美術館が所蔵する。聖母マリアと幼子イエス、幼い洗礼者ヨハネを描き、題は、ヨハネが手にする小鳥のヒワ(伊: cardellino)にちなむ。盛期ルネサンスの聖母像の一つである。

画面の読み解き

野原の岩に腰かけた聖母は、赤い衣に青いマントをまとい、左手に小さな本を持って、足もとの二人の幼子を見下ろす。左では、毛皮の衣を腰に巻いた幼いヨハネが、両手でヒワを差し出す。聖母の膝のあいだに立つ幼子イエスは、聖母の足に片足をのせて、鳥の頭にそっと手を伸ばす。背後には細い木々と、川にかかる橋や町並みのある、青くかすむ風景が広がる。ウフィツィ美術館によれば、人物の間で交わされる視線と身ぶり、表情の優美な変化が、単純でありながら生き生きとした調和の美をつくり出している。聖母の手の小さな聖書は信仰のしるしであり、キリストの受難を予告する。ヨハネが差し出す、あどけなくもろいヒワもまた、その犠牲を思い起こさせる。

技法・様式

ポプラ材の板2枚を継いだ支持体に、油彩で描かれる。同館によれば、三角形の構図には、聖アンヌンツィアータ聖堂に展示されていたレオナルドの失われた《聖アンナと聖母子》の下絵と、ミケランジェロの《ブルッヘの聖母》の深い影響がうかがえる。ラファエロは、レオナルドのスフマートで人物の表情を自然にし、地平線の背景を大気に溶け込ませた。修復を担ったオピフィーチョ・デッレ・ピエトレ・ドゥーレによれば、赤外線の調査で、刺し穴を使って写した原寸大の下絵が見つかった。人物の変更はわずかだが、風景では左の橋が描き込まれていたほか、右にあった塔と円筒形の建物が、完成作では開けた空間に変えられている。

来歴

ジョルジョ・ヴァザーリの『美術家列伝』によれば、ラファエロは、親しく交わったフィレンツェの裕福な毛織物商ロレンツォ・ナージと、サンドラ・カニジャーニの婚礼のために本作を描いた。1547年11月、地滑りでナージ家の屋敷が倒壊し、本作は瓦礫の下で17の破片に砕けた。息子バッティスタが破片を集めて組み直させ、その修復はラファエロの友人リドルフォ・デル・ギルランダイオの手と考えられている。ナージ家の断絶後、1640年代にジョヴァン・カルロ・デ・メディチ枢機卿の手に渡り、1704年にウフィツィのトリブーナに入った。10年に及んだ調査と修復が2008年に終わり、19世紀の黄ばんだワニスと補彩が除かれた。いまはラファエロとミケランジェロの作品を集めた展示室にある。

意義

本作は、ラファエロが1504年から1508年にフィレンツェで、レオナルドやミケランジェロら巨匠に学びながら描いた聖母子と幼いヨハネの群像の一つである。同館は、ウィーンの《ベルヴェデーレの聖母》、ルーヴル美術館の《美しき女庭師》を同じ系列の作に挙げる。2008年の修復の完了にあたり、フィレンツェの美術館群を統括したクリスティーナ・アチディーニは、何世代にもわたって不可能と思われてきた修復が成し遂げられたと述べた。