
《自画像》1506年頃、ウフィツィ美術館
Wikimedia Commons / ウフィツィ美術館 / Public domain- 生没年
- 1483–1520年
- 国籍
- ウルビーノ公国
- 様式
- 盛期ルネサンス
ラファエロ・サンティ
1483年にウルビーノで生まれ、1520年にローマで没したイタリアの画家・建築家。明快な構図と調和のとれた優美な人物で、レオナルド、ミケランジェロと並ぶ盛期ルネサンスの巨匠とされる。
略歴BIOGRAPHY
生涯
1483年、ウルビーノに、画家ジョヴァンニ・サンティの子として生まれた。ペルージャの画家ペルジーノの工房で学んだとされる。1504年から1508年までフィレンツェで活動し、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロの作品に学んだ。1508年、教皇ユリウス2世に招かれてローマへ移り、ヴァチカン宮殿の諸室の壁画を手がける。レオ10世のもとでは1514年にブラマンテの後を継ぎ、サン・ピエトロ大聖堂の建築主任となった。大きな工房を率いて注文をこなしたが、1520年4月、37歳で急逝し、パンテオンに葬られた。
様式の変遷
初期にはペルジーノの穏やかで均整のとれた画風を受け継いだ。フィレンツェではレオナルドのスフマートや三角形の構図、ミケランジェロの力強い人体表現を吸収し、優美な聖母子像を描く。ローマでは古代の遺跡と彫刻に学び、多くの人物を広い建築空間に整然と配する壮大な壁画へ進んだ。晩年には劇的な明暗と動きの強い構図を試み、次の時代のマニエリスムに道を開いた。
代表作
ヴァチカン宮殿の《アテネの学堂》(1509〜1511年)をはじめとする「ラファエロの間」の壁画、《ベルヴェデーレの聖母》(1506年、ウィーン美術史美術館)、《アルバの聖母》(1510年頃、ワシントン・ナショナル・ギャラリー)、《システィーナの聖母》(1512〜1513年、アルテ・マイスター絵画館)、《バルダッサーレ・カスティリオーネの肖像》(1514〜1515年頃、ルーヴル美術館)、遺作《キリストの変容》(1516〜1520年、ヴァチカン絵画館)、《ラ・フォルナリーナ》(1520年頃)がある。
影響
調和のとれた構図と理想化された人物は、長く手本とされ、各国の美術アカデミーの教育の基礎となった。19世紀半ばにイギリスの画家たちがラファエロ以後の型にはまった美術に反発してラファエル前派を名乗ったのも、その権威を物語る。