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《小椅子の聖母》

La Madonna col Bambino e San Giovannino detta Madonna della Seggiola
《小椅子の聖母》ラファエロ・サンティ
Wikimedia Commons / パラティーナ美術館 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
ラファエロ・サンティ
制作年
1512年
素材
板 / 油絵具
寸法
71 × 71 cm
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暗い背景の円い画面いっぱいに、縞の頭巾と緑の肩掛けをまとった聖母が、膝の幼子をしっかりと抱き寄せ、頬を寄せたままこちらを見つめる。右の端では幼い洗礼者ヨハネが手を合わせ、二人を見上げている。

概要

《小椅子の聖母》は、イタリアの画家ラファエロ・サンティが1512年頃に描いた円形の油彩画で、フィレンツェのピッティ宮殿にあるパラティーナ美術館が所蔵する。館の題は「聖母子と幼い洗礼者ヨハネ(通称、小椅子の聖母)」。館の記録では、板に油彩で描かれ、直径71センチ。所蔵番号は1912年目録の151番で、館の土星の間に展示されている。館の告知によれば、土星の間は改修のため2026年6月16日まで閉じられ、その間、主な名品はほかの部屋で公開された。

画面の読み解き

館の解説によれば、聖母は横向きに、教皇庁の高官のための「部屋椅子」に座っている。片脚を少し上げて息子の体を受けとめ、胸に抱き寄せる。右では聖ヨハネが二人に強いまなざしを向け、祈りのしるしに手を合わせている。母と子の腕の複雑で見事な組み合わせ、イエスのこめかみにそっと触れる聖母の顔のわずかな傾き、同時にこちらを見つめて見る者を引きつけるまなざしが、色の取り合わせとともに、互いに呼応し合っている。金糸を織りこんだ白いターバン、聖母の肩掛けの緑と赤、袖の赤と幼子の衣の黄色、衣服のウルトラマリンの青である。3人は円い板の形に驚くほど自然に沿って配され、身ぶりだけでなく、まなざしのやりとりによって結ばれている。

技法・様式

館によれば、暗い背景は3人を際立たせ、右からの温かい光がやわらかな影を落とす。ラファエロはここで、ミュンヘンのアルテ・ピナコテークの《テンピの聖母》(1508年頃)で始めた母子の抱擁の探究を、複雑でありながらきわめて自然な形で展開し、のちに《テントの聖母》(1512〜1513年頃)で変奏した。これらはみな、ドナテッロの大理石の浮彫《聖母子》を手本としている。館は、がっしりとした体の構造が、ヴァチカンの署名の間を仕上げてヘリオドロスの間に取りかかった1510年代はじめのラファエロの様式を示しているとし、フィレンツェでの経験、システィーナ礼拝堂のミケランジェロの天井画、セバスティアーノ・デル・ピオンボを通じたヴェネツィア絵画が溶け合った時期だとしている。

来歴

館によれば、注文主を示す確かな文書はないが、最も有力な説は教皇レオ10世、すなわちジョヴァンニ・デ・メディチ、あるいは側近の枢機卿の一人とするものである。椅子の柱を飾る球は、メディチ家の紋章を思わせる。本作は遅くとも16世紀の終わりにはフィレンツェにあり、1589年にはウフィツィのトリブーナに、ラファエロの《レオ10世と2人の枢機卿の肖像》などとともに置かれた。その後、フェルディナンド大公が私的な場所に置くためにピッティ宮殿に移させ、現在の長方形の金の彫刻の額に収められた。

意義

館の解説によれば、「小椅子の聖母」の名は、古くからパラティーナ美術館を訪れた学者や旅行者の目を引いた独特の家具に由来する。本作はラファエロの最も輝かしい着想の一つで、何世紀にもわたり、人間的で素朴な情感の表れとみる人々と、ラファエロの古典主義の頂点とみる人々に評価が分かれてきた。館は、その独創性が、人間的なものと神的なものを並外れて結びつけ、人物たちを人間らしくも聖なるものにも見せている点にあるとしている。