《ディオタッレーヴィの聖母》
青いマントを頭からかけた聖母が、右の膝に裸の幼子キリストを座らせ、左手で幼い洗礼者ヨハネを抱き寄せる。キリストは片手を上げてヨハネを祝福し、ヨハネは細い十字架の杖を手に手を合わせている。
概要
《ディオタッレーヴィの聖母》は、イタリアの画家ラファエロ・サンティが1502年頃に描いた油彩の板絵で、ベルリン絵画館が所蔵する。館の題は「洗礼者ヨハネを祝福する幼子と聖母(ディオタッレーヴィの聖母)」。館の記録では、ポプラ材の板に描かれ、画面は縦72.8センチ、横52.2センチ、額を含めると縦88.7センチ、横69.8センチ。所蔵番号は147。
画面の読み解き
画面では、青いマントを頭からかけ、赤い衣をまとった聖母が半身像で表され、目を伏せている。聖母は右の膝の上に裸の幼子キリストを座らせ、左腕で、毛皮の衣を着た幼い洗礼者ヨハネを抱き寄せる。キリストは右手を上げてヨハネを祝福し、ヨハネは細い十字架の杖を肩にもたせかけて、手を合わせてキリストを見上げる。背景には青い空が広がり、遠くに低い陸地がかすむ。館の解説によれば、祝福する幼子キリストのしぐさは師ペルジーノ風の特徴であり、脇から幼いヨハネが近づく半身の聖母子像の型は、すでにピントゥリッキオにも見られる。例えばケンブリッジのフィッツウィリアム美術館の作品である。
技法・様式
館の解説によれば、首の長い聖母は、左右を反転させるとロンドン・ナショナル・ギャラリーにある1505年の《アンシデイの祭壇画》とある程度似ているが、まだ成熟していない本作は、ペルジーノの《慰めの聖母》(1496〜1498年)や《テーツィの祭壇画》(1500年)などの影響を全面的に受けており、ラファエロがフィレンツェに移る前に描かれたとみるのがよい。美術史家ロベルト・ロンギ(1952年)は、段階を追った制作を想定した。まず1502年頃に比較的古風な聖母が描かれ、のちの1504〜1505年頃に、より新しい子どもたちの姿が加えられたという見方である。館は、それでも1500〜1501年頃とするほうが確かだとしている。
来歴
館の記録によれば、本作は1841年から1842年にかけて、グスタフ・フリードリヒ・ヴァーゲンがリミニのディオタッレーヴィ侯の収集から購入した。通称はこの旧蔵者の名による。英語版ウィキペディアによれば、本作はかつてラファエロの師ペルジーノの作とされていた。今日ではほとんどの美術史家がラファエロの作と認めているが、アドルフォ・ヴェントゥーリは、本作と《慰めの聖母》の一部を「ディオタッレーヴィの聖母の画家」という名の知られない画家の作とした。
意義
館の解説は、本作がベルリンにあるラファエロの作品のなかで実際に最も古いかもしれないとしている。同じ館の《ソリーの聖母》の記録にも、ベルリンの初期の聖母子像のなかで最も早いのは、むしろ本作かもしれないとする2019年のコンティーニの見方が注記されている。