
《自画像》1562年頃、プラド美術館
Wikimedia Commons / プラド美術館 / Public domain- 生没年
- 1490–1576年
- 国籍
- ヴェネツィア共和国
- 様式
- ヴェネツィア派 / 盛期ルネサンス
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ
1488〜1490年頃にピエーヴェ・ディ・カドーレで生まれ、1576年にヴェネツィアで没した画家。豊かな色彩と自由な筆づかいで、宗教画、肖像画、神話画に傑作を残し、ヴェネツィア派を頂点に導いた。
略歴BIOGRAPHY
生涯
ピエーヴェ・ディ・カドーレの出身。生年は1488〜1490年頃とされる。少年期にヴェネツィアへ出てベッリーニ兄弟に学び、年長のジョルジョーネと協働した。1510年にジョルジョーネが、1516年にジョヴァンニ・ベッリーニが没すると、ヴェネツィア随一の画家となり、以後60年その地位を保った。1533年にはカール5世の肖像を描いて宮中伯に叙され、皇帝とその子フェリペ2世、教皇パウルス3世らの注文に応えた。1576年8月27日、ペスト禍のヴェネツィアで没し、フラーリ聖堂に葬られた。
様式の変遷
初期にはジョルジョーネの詩的な作風に近かったが、1516〜1518年の《聖母被昇天》で、赤と金の光に満ちた劇的な大画面を打ち出した。1520年代からはフェッラーラ公のための神話画や、内面まで描き出す肖像画で名声を高める。1550年代以降、フェリペ2世のための神話画の連作ポエジア(《ディアナとアクタイオン》など)では、絵具を重ね、指も使ってこすりつける自由な筆づかいへと進み、晩年には形が光と色に溶け込む画面に至った。
代表作
《バッカスとアリアドネ》(1520〜1523年、ロンドン・ナショナル・ギャラリー)、《ウルビーノのヴィーナス》(1538年、ウフィツィ美術館)、《カール5世騎馬像》(1548年、プラド美術館)、遺作の《ピエタ》(1570〜1576年頃、アカデミア美術館)がある。ジョルジョーネが遺した《眠れるヴィーナス》を仕上げたともいう。
影響
色彩で形と空間をつくる方法と晩年の自由な筆づかいは、ティントレットやエル・グレコ、ルーベンス、ベラスケス、レンブラントら後の画家の手本となった。《ウルビーノのヴィーナス》の横たわる裸婦の型は、ゴヤやマネに受け継がれた。