《自画像》
褐色の背景の前で、肩まで髪を伸ばした若者が、少し振り向くようにこちらを見つめる。黒いつば無し帽に黒い衣をまとい、襟もとからは白いシャツがわずかにのぞいている。
概要
《自画像》は、イタリアの画家ラファエロ・サンティが1506年に描いた油彩の肖像画で、フィレンツェのウフィツィ美術館が所蔵する。館の記録では、板に描かれ、縦47.3センチ、横34.8センチ。所蔵番号は1890年目録の1706番で、館のC1室「自画像 起源から17世紀まで」に展示されている。
画面の読み解き
館の解説によれば、本作は若い頃のラファエロの自画像と認められている。その根拠の一つは、ヴァチカンの署名の間に1509年から1511年にかけて描かれたフレスコ画《アテナイの学堂》の中の画家の自画像との比較で、技法は違っても、二つの肖像の表情と顔立ちは同じである。髪型はルネサンスの宮廷の小姓に典型的なもので、のちに「ラッファエッラ」と呼ばれる型の黒い帽子は画家が用いたものであり、白いシャツがわずかにのぞく黒い衣も同様である。画家は飾らない仕事着をまとい、それによって自分の職業を誇らしく示している。黒い目と優美な顔立ちは、ヴァザーリが『画家・彫刻家・建築家列伝』でラファエロの「優美さ、研鑽、美しさ、すぐれた衣服」をたたえた言葉を裏づける。
技法・様式
館によれば、本作の作者は、1983年にラファエロの生誕500年を記念してピッティ宮殿で開かれた展覧会の際の調査によって確定した。赤外線反射撮影で下描きと絵具の置き方を調べた研究者たちは、白い地の上に光沢のある透明なグレーズを重ねて画面を組み立てる、精妙な技法を見いだした。これは、ユストゥス・ファン・ヘントやペドロ・ベルゲーテといった北方の画家が滞在したウルビーノの宮廷で好まれた、同時代のフランドル絵画へのラファエロの関心を示している。
来歴
館によれば、残る文書から、本作は画家の生地ウルビーノから来たもので、1652年9月24日までウルビーノ最後の公の娘ヴィットリア・デッラ・ローヴェレの「部屋」にあった。ヴィットリアは幼くして従兄フェルディナンド2世・デ・メディチと婚約し、一族の収集の名品を持参金としてフィレンツェにもたらした。本作は1663年から1667年に、レオポルド・デ・メディチ枢機卿が集めた「画家みずからが描いた画家の肖像」の一つとして記録された。この収集は、今日も増え続けるウフィツィの自画像コレクションの最初の核である。枢機卿の手に渡った経緯ははっきりしないが、館は、義姉ヴィットリアからの贈り物と考えるのが妥当だとしている。
意義
館の解説によれば、本作の名声は、生前から称えられ、1520年に37歳で早世したのちほとんど神話となったラファエロの伝説と結びついている。ウルビーノの君主たちが豊かな収集の中にラファエロの肖像を望んだのも、彼が並外れた画家であるだけでなく、生まれた町の誇りであり栄光だったからである。ヴァザーリは、画家としてのラファエロの完成度を、古代で最も偉大な画家とされたゼウクシスやアペレスになぞらえた。