《ノリ・メ・タンゲレ》
夜明けの光がさす庭で、青い衣の復活したキリストが片手で天を指す。足もとには黄色い衣のマグダラのマリアがひざまずき、驚いて見上げる。キリストの傍らの地面には、鋤などの農具が置かれている。
概要
《ノリ・メ・タンゲレ》は、イタリアの画家コレッジョが1525年ごろに描いた油彩画で、プラド美術館が所蔵する。縦130センチ、横103センチで、もとは板絵だったが、1934年にキャンバスに移し替えられた。題はラテン語で「わたしに触れるな」を意味し、ヨハネによる福音書20章で、復活したキリストがマグダラのマリアに告げた言葉にちなむ。所蔵館によれば、1518年から翌年のローマ滞在を経て、ラファエロ晩年の作やミケランジェロのシスティーナ礼拝堂の影響が深まった時期の作で、コレッジョの円熟期の最初期の一点にあたる。
画面の読み解き
所蔵館によれば、構図は一見単純だが、よく釣り合いがとれている。人物は夜明けの光にほのかに照らされた洗練された風景の前に置かれ、マグダラのマリアの右足からキリストの左手へと続く線が画面を貫く。娼婦と結びつけられた黄色の衣をまとうマリアは心を激しく動かされ、穏やかで落ち着いたキリストと対照をなす。キリストの衣が伝統的な白や薔薇色ではなく青なのは、天空、あるいは傷のない復活後の姿をほのめかすと解されている。キリストの傍らには、マリアが彼を園丁と思い違えたことを示す農具が丁寧に描かれ、所蔵館はこれを早い時期の静物の要素とみている。
技法・様式
所蔵館によれば、X線写真から、コレッジョがマグダラのマリアの位置を二度試したのち、三つのうち最も高い現在の位置に決めたことがわかる。マリアの衣は、ボローニャにあるラファエロの《聖チェチーリア》の聖女の衣とよく似ており、画家がその作を見て学んだことをうかがわせる。農具の細やかな描写から、近くで見られることを想定した作品と考えられている。
来歴
所蔵館によれば、注文主はおそらくボローニャのヴィンチェンツォ・エルコラーニ(1500〜1557年)で、文書による裏づけはないが、家の私的な礼拝室のために描かれたとみられる。1560年ごろにピエトロ・ラーモがエルコラーニ家で見たと記し、1568年にはヴァザーリが、信じがたいほど繊細に描かれていると称えた。1598年にピエトロ・アルドブランディーニ枢機卿、1621年にルドヴィーコ・ルドヴィージ枢機卿の手に渡った。ルドヴィージ家がフェリペ4世に贈ったと伝えられてきたが、所蔵館は、贈られたのは写しで、板の裏にイングランド王チャールズ1世の焼き印があることから、王の収集が売り立てられたのち、1650年にフェリペ4世の代理人アロンソ・デ・カルデナスがロンドンで買った原作が、エル・エスコリアル修道院で写しと入れ替わったとする。1839年にプラド美術館に入った。
意義
所蔵館によれば、ローマから戻った1520年以降のコレッジョは、パルマでフレスコ画と大きな祭壇画に力を注ぎ、私的な信仰のための作品はわずかしか描かなかった。注文主とみられるエルコラーニが属した信心会の規則は、家に宗教画を掛け、キリストの受難を黙想することを勧めており、本作はそうした私的な祈りのために描かれた、数少ない円熟期の作である。