
フランチェスコ・メルツィ(帰属)《レオナルド・ダ・ヴィンチの肖像》1515〜1518年頃、赤チョーク、ロイヤル・コレクション
Wikimedia Commons / ロイヤル・コレクション / Public domain- 生没年
- 1452–1519年
- 国籍
- フィレンツェ共和国
- 様式
- 盛期ルネサンス
レオナルド・ダ・ヴィンチ
1452年にフィレンツェ近郊のヴィンチ村に生まれ、1519年にフランスで没した盛期ルネサンスの画家。自然の観察と実験を、光と大気で形をつくる絵画に結実させた。
略歴BIOGRAPHY
生涯
1452年、フィレンツェ近郊のヴィンチ村に公証人の息子として生まれ、10代でフィレンツェのアンドレア・デル・ヴェロッキオの工房に入った。1482年頃にミラノへ移ってルドヴィーコ・スフォルツァに仕え、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の食堂に《最後の晩餐》(1495〜1498年頃)を描く。1500年にフィレンツェへ戻ってからは《モナ・リザ》などに取り組み、その後ミラノ、ローマを経て1516年にフランソワ1世の招きでフランスへ渡った。1519年、アンボワーズのクロ・リュセで没した。
様式の変遷
ヴェロッキオ工房時代の《キリストの洗礼》では左端の天使を担当し、その出来に師が驚いたとヴァザーリは伝える。初期の《受胎告知》や《ジネーヴラ・デ・ベンチの肖像》には明瞭な輪郭がまだ残るが、ミラノ時代の《岩窟の聖母》では人物を薄暗い洞窟の大気に沈め、明暗の移行によって形をつくる方向へ進んだ。晩年の《モナ・リザ》や《聖アンナと聖母子》に至ると、スフマートと空気遠近法によって人物と風景が一続きの光の中に溶け合う。
代表作
《モナ・リザ》のほか、《最後の晩餐》(ミラノ)、《白貂を抱く貴婦人》(クラクフ、チャルトリスキ美術館)、《岩窟の聖母》(ルーヴル美術館とロンドン・ナショナル・ギャラリーに2点)、《聖アンナと聖母子》(ルーヴル美術館)が代表作として知られる。完成した作品は少なく、真筆と広く認められる絵画は20点に満たないとされる。
影響
輪郭線ではなく明暗と大気で形をあらわす方法は、フィレンツェで制作を見たラファエロに吸収され、ヴェネツィアのジョルジョーネにも影響を与えたとされる。ミラノでは「レオナルデスキ」と呼ばれる追随者たちが、その様式を広めた。解剖・光学・水流などを観察した膨大な手稿は、絵画を自然研究と切り離さなかった彼の姿勢を伝える。