《眠れるヴィーナス》
- 作者
- ジョルジョーネ 、 ティツィアーノ・ヴェチェッリオ
- 制作年
- 1508–1510年
- 素材
- キャンバス / 油絵具
- 寸法
- 108.5 × 175 cm
- 所蔵
- アルテ・マイスター絵画館
- 時代
- ルネサンス
ジョルジョーネが1508〜1510年頃に描き、その死後にティツィアーノが完成させたと伝わる油彩画。なだらかな丘の風景の中で眠る裸のヴィーナスを描き、横たわる裸婦を大画面の主題にした最初期の作品とされる。
概要
《眠れるヴィーナス》(独: Schlummernde Venus)は、ヴェネツィアの画家ジョルジョーネが1508〜1510年頃に描き始め、ティツィアーノ・ヴェチェッリオが完成させたと伝わる油彩画である。白い布と赤いクッションの上で、右腕を頭の後ろにまわした裸のヴィーナスが目を閉じて眠り、背後には丘と農家、遠くの山並みが広がる。一人の裸婦を大画面の主題にした西洋絵画の最初期の例とされ、ドレスデンのアルテ・マイスター絵画館を代表する名品である。
来歴
ヴェネツィアの貴族ジローラモ・マルチェッロが、1507年の結婚を機に注文した作品と考えられている。1525年に同家でこの絵を見た人物の記録には、ジョルジョーネが描き始め、風景とキューピッドは彼の死後にティツィアーノが仕上げたとある。ジョルジョーネは1510年9月、ペストで亡くなった。作品は17世紀末にザクセン選帝侯アウグスト強王のために買い入れられ、1722〜1728年の目録にはティツィアーノ作として載った。19世紀に美術史家ジョヴァンニ・モレッリがマルチェッロ家の記録の絵と結びつけ、ジョルジョーネの作とする見方が定着した。第二次世界大戦後はソ連に運ばれ、1956年にドレスデンへ戻っている。
画面の読み解き
ヴィーナスは右腕を頭の後ろにまわし、左手を腰に置いて、体を画面の左右いっぱいに伸ばしている。体の輪郭線は背後のなだらかな丘の線へと続き、人物と風景が一つの静かなリズムでまとめられている。館によれば、足もとにはもともと弓矢で遊ぶキューピッドが座っていたが、傷みがひどかったため1837年に草地の緑で塗りつぶされ、今はX線写真で断片が確かめられるだけである。婚礼を祝うラテン語の詩には、眠るヴィーナスに目を覚まして式に加わり、新しい夫婦の愛を守るよう呼びかけるものがあり、注文主はそれを念頭に置いたとも考えられている。
技法・様式
カンヴァスに油彩で描かれている。輪郭をやわらかくぼかした肌、銀色がかった白いシーツ、夕暮れのような光に包まれた風景が、色彩と大気で形をつくるヴェネツィア派の特質をよく示す。風景と空は主にティツィアーノの手とみる研究者が多く、近年はヴィーナスの姿もティツィアーノが描いたとする説が強まっている。ただし館は、たびたびの修復を経た今では、どの部分をどちらの画家が描いたかを確かめることはできないとしている。
意義
神話の女神の姿を借りて一人の裸婦を風景の中に横たえたこの構図は、横たわる裸婦という西洋絵画の大きな伝統の出発点となった。ティツィアーノはのちに同じポーズを室内に移した《ウルビーノのヴィーナス》(1538年、ウフィツィ美術館)を描き、この型はベラスケスの《鏡のヴィーナス》、ゴヤの《裸のマハ》、マネの《オランピア》へと受け継がれていく。わずかな作品を残して30代で世を去ったジョルジョーネと、その仕事を引き継いで長い画業を歩んだティツィアーノという、ヴェネツィア派の二人の画家が交わる作品でもある。