《ラウラ》
- 作者
- ジョルジョーネ
- 制作年
- 1506年
- 素材
- キャンバス(トウヒ材の板に貼付) / 油絵具
- 寸法
- 41 × 33.6 cm
- 所蔵
- ウィーン美術史美術館
- 時代
- ルネサンス
- 流派
- 盛期ルネサンス
暗い背景に月桂樹の枝が広がり、その前に若い女性が胸から上を横に向けて座る。髪を白い薄布でまとめ、毛皮の縁の赤い外套をまとい、片方の胸をあらわにして、外套の端を手で押さえている。
概要
《ラウラ》は、ヴェネツィアの画家ジョルジョーネが1506年に描いた油彩の肖像画で、ウィーン美術史美術館が所蔵する。館の記録では縦41センチ、横33.6センチのキャンバスで、古いトウヒ材の板に貼られている。画面はいったん楕円形に切られ、のちに再び長方形に補われた。所蔵番号はGG 31で、館の絵画館の第4室に展示されている。館によれば、ヴェネツィアの《老婆》を除けば、ジョルジョーネの唯一の女性の肖像である。
画面の読み解き
館の解説によれば、毛皮で縁取った赤い外套をまとう若い女性の半身像である。結い上げた髪に白い薄布が巻かれ、その布はゆるやかな弧を描いて上半身の柔らかな肌にかかる。すぐ後ろには、暗い背景から月桂樹(イタリア語でラウロ)が勢いよく伸びている。半ばあらわにされた胸と月桂樹は、互いに食い違うさまざまな解釈を生んできた。月桂樹は女性の名を暗に示すものとも、詩の象徴とも、結婚の貞節を願うしるしとも、ダフネへの言及とも考えられる。詩人ペトラルカの恋人ラウラを描いて、絵画と詩を競わせたとする見方もある。手の位置と衣装の性格からは、もう一つの可能性も論じられてきた。裕福なヴェネツィアの高級娼婦の冬の装いは、毛皮を裏打ちした美しい外套だった。女性は外套を閉じようとしているのか、それとも落とそうとしているのか。
技法・様式
館によれば、抑えた色調と、レオナルドから学んだヴェネツィアの繊細なスフマートが、主題の官能性と結びついて、ひとつのまとまった印象を生んでいる。人物は暗い背景から浮かび上がり、月桂樹の葉が頭と肩のまわりを囲むように配されている。
来歴
館によれば、絵の裏には16世紀の銘があり、1506年6月1日に、画家ヴィンチェンツォ・カテーナの同僚であるカステルフランコの親方ジョルジョの手で、ジャコモ氏の求めによりこれが作られたと記されている。この銘は、ジョルジョーネの生涯と作品を知るための数少ない確かな手がかりの一つである。1636年にヴェネツィアのバルトロメオ・デッラ・ナーヴェのコレクションにあり、1636年から1649年にはハミルトンのコレクションにあった。その後ブリュッセルのレオポルト・ヴィルヘルム大公のコレクションに入り、1735年にはウィーンの絵画ギャラリーの記録に現れる。
意義
館によれば、ジョルジョーネはこの肖像によって、のちのヴェネツィア絵画で描かれる高級娼婦や恋人の像の原型を生み出した。裏の銘が年と作者と注文主を伝える点でも、ジョルジョーネの作品の中で欠かせない基準となっている。同じ画家の作品には、《テンペスタ》や《眠れるヴィーナス》がある。