- 時期
- 1420–1525年
- 地域
- ネーデルラント南部(現在のベルギーを中心とする地域)
- 時代
- ルネサンス
初期フランドル派
15世紀から16世紀初めにかけて、ブルゴーニュ公国の支配したネーデルラント南部で活躍した画家たち。油絵具を薄く重ねる技法で、身近な事物や人の顔を驚くほど精緻に描き、北方ルネサンスの出発点となった。
解説OVERVIEW
定義と時代背景
初期フランドル派は、15世紀から16世紀初めにかけて、ブルゴーニュ公国、のちにハプスブルク家が治めたネーデルラント南部で活躍した画家たちを指す。ブルッヘ、ヘント、トゥルネー、ブリュッセル、ルーヴェンといった都市が舞台で、1420年代のロベルト・カンピンとヤン・ファン・エイクに始まり、少なくとも1523年のヘラルト・ダーフィトの死までを含む。フランス語で「フランドルの原始派(プリミティフ・フラマン)」とも呼ばれる。毛織物と交易、金融で栄えたこの地域には、ブルゴーニュ公の宮廷、裕福な市民、イタリアなどから来た商人という注文主がそろっていた。
造形上の特徴
油絵具を薄い層にして重ねる技法を磨き、宝石や金属の輝き、布や毛皮の手ざわり、ガラスを通る光までを細部まで描き分けた。作品の多くはオーク材の板絵で、二連・三連・多翼の祭壇画と、小型の肖像画が中心である。室内の家具や窓辺の果実、水差しといった日常の事物に宗教的な意味を託し、聖なる場面を同時代の部屋や町の中に置く。遠近法は観察にもとづく経験的なもので、イタリアのような一点透視の理論によらない。人の顔の皺や血管まで写しとる精緻な肖像画も、この時代に大きく発展した。
代表画家と代表作
ヤン・ファン・エイクは兄フーベルトと手がけた《ヘントの祭壇画》(1432年完成)、《アルノルフィーニ夫妻像》(1434年)、《ルッカの聖母》(1437年頃)を残した。トゥルネーのロベルト・カンピンは、日常の室内に聖なる場面を置く作風を開き、その弟子とされるロヒール・ファン・デル・ウェイデンは《十字架降架》(1443年以前、プラド美術館)で人物の深い悲しみを描いた。続く世代には、ディルク・バウツ、ペトルス・クリストゥス、フーホ・ファン・デル・フース、ハンス・メムリンク、ヘラルト・ダーフィトらがいる。
前後の流派との関係
写本の細密画と、宮廷を中心に広まった国際ゴシック様式から生まれ、イタリアの初期ルネサンスとほぼ同じ時期に、独自の道を歩んだ。フランドルの絵はイタリアでも珍重され、フーホ・ファン・デル・フースの《ポルティナーリ祭壇画》(1477〜1478年頃、ウフィツィ美術館)が1483年にフィレンツェに届くと、その写実は現地の画家たちを驚かせた。1490年代からは北方の画家がイタリアに学ぶようになり、16世紀の北方ルネサンスの広がりの中で、ボスやピーテル・ブリューゲル(父)へと受け継がれていく。