《最後の審判》
- 作者
- ハンス・メムリンク
- 制作年
- 1467–1473年
- 素材
- パネル / 油絵具
- 寸法
- 221 × 306 cm
- 所蔵
- グダニスク国立美術館 (2025年2月から調査のため非展示)
- 時代
- ルネサンス
- 流派
- 初期フランドル派
中央では虹の上に座るキリストが審判を下し、その下で甲冑の大天使ミカエルが天秤で魂を量る。左翼では救われた人々が天国の門へ階段を上り、右翼では罪人たちが炎の燃えさかる地獄へ落ちていく。
概要
《最後の審判》(蘭: Het laatste oordeel)は、ハンス・メムリンクが1467年から1473年にかけて描いた三連の祭壇画である。ポーランドのグダニスク国立美術館が所蔵し、同館の最も重要な作品とされる。ゲッティ財団の記事によれば、テンペラと油彩で描かれ、開いたときの大きさは高さ約2.1メートル、幅約3メートル。キリストが救われる者と罰せられる者を分ける、聖書に記された審判の日を描く。フィレンツェ近郊の礼拝堂のために注文されたが、運ぶ途中で奪われ、注文主はおそらく一度も目にしなかった。
画面の読み解き
中央の板の上部で、赤いマントのキリストが虹の上に座り、足もとには宇宙を表す金の球が置かれる。左右には聖母マリアと洗礼者ヨハネ、十二使徒が並び、頭上では天使たちが十字架や柱など受難の道具を掲げる。その下では、金色の甲冑をまとった大天使ミカエルが天秤を持ち、正しい者と罪人とを量っている。地上では死者たちが墓からよみがえり、右側では悪魔たちが罪人を地獄へ追い立てる。左翼では、救われた人々が聖ペテロに迎えられ、水晶のような階段を上って、ゴシックの聖堂のような天国の門へ向かう。右翼では、罪人たちが炎の燃えさかる地獄へ落ちていく。
技法・様式
日本語版ウィキペディアによれば、構図の多くは、フランスのボーヌ施療院にあるロヒール・ファン・デル・ウェイデンの《最後の審判》に学んでいる。キリストの姿や使徒の頭部はファン・デル・ウェイデンに近いが、ボーヌでは司祭の衣を着ていたミカエルを、メムリンクは甲冑の兵士として描いた。館は、本作がフランドルの絵画の技術が完成した時期に描かれ、強い色彩と込み入った内容の豊かさで今も見る者を引きつけると述べる。日本語版ウィキペディアによれば、閉じた翼の外側には、注文主の夫妻の祈る姿が描かれている。
来歴
ゲッティ財団の記事によれば、作品を運ぶ船は1473年、グダニスクの私掠船(国に認められた海賊船)に襲われ、祭壇画はグダニスクの聖マリア教会に納められて何世紀もそこにあった。記録に残る最も古い美術品の盗難の一つとされる。注文主はメディチ家の銀行の支店長アンジェロ・ターニ、私掠船の船長はパウル・ベネケである(日本語版ウィキペディア)。ナポレオン戦争の時代にはパリのルーヴル美術館へ運ばれ、ナポレオンの敗北後に戻った。第二次世界大戦では街から疎開されたのちにソ連に接収され、約10年後にポーランドへ返された。2025年2月からは、修復のための調査で一般には公開されていない。
意義
館は本作を、ポーランドにある美術品のなかで最も重要なものの一つであり、世界でも際立って優れ、保存状態のよいフランドル絵画の一つとする。500年を超える波乱の歴史にもかかわらず大きな損傷を受けておらず、その名声は、芸術の格の高さと、何世紀にもわたってグダニスクと結びついてきた特別な来歴に支えられている。