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《カルトジオ会修道士の肖像》

Portrait of a Carthusian
《カルトジオ会修道士の肖像》ペトルス・クリストゥス
Wikimedia Commons / メトロポリタン美術館 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
ペトルス・クリストゥス
制作年
1446年
素材
板(オーク材) / 油絵具
寸法
29.2 × 18.7 cm
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赤く暖かな光の満ちた部屋の隅に、白い衣の修道士が斜めに座り、こちらを見つめる。口のまわりを剃ったあごひげに、こめかみの血管まで描かれる。手前の描かれた額の縁には署名と年記があり、一匹の蠅がとまる。

概要

《カルトジオ会修道士の肖像》は、ブルッヘの画家ペトルス・クリストゥスが1446年に描いた油彩の肖像画で、ニューヨークのメトロポリタン美術館が所蔵する。館の記録では、オーク材の板に描かれた画面が縦29.2センチ、横18.7センチ(板の全体は横21.6センチ)で、所蔵番号は49.7.19。1949年にジュールズ・ベイチのコレクションとして館に入り、第605室に展示されている。館の図録は、本作をおそらくクリストゥスの最も優れた肖像画としている。

画面の読み解き

館の解説によれば、画家は人物を暖かな光に照らされた部屋の隅に座らせ、描かれた額の上につかのまとまった蠅によって、肖像を本物の人のように感じさせている。描かれた銘は「ペトルス・クリストゥスが1446年にわたしを作った」と記す。館の図録によれば、人物は聖ブルーノや、カルトジオ会の神学者ルーヴァンの聖ディオニュシウスとされたこともあった。しかし研究者ショルテンスは、修道士は規則によりひげを剃り剃髪していたことから、剃髪がなく口のまわりを剃ったあごひげのこの男は助修士であり、助修士で聖人となった者は知られていないと論じた。頭の光輪は1916年にフリートレンダーが疑い、のちの書き足しと確かめられて、近年の修復で取り除かれた。蠅は死と腐敗の象徴として命のはかなさを示すとも、悪を退けるお守りとも解釈されている。

技法・様式

館の図録によれば、本作はヤン・ファン・エイクへのオマージュであり、ウィーン美術史美術館の《ヤン・デ・レーウの肖像》のような作品を手本に、人物を斜め四分の三の胸像で描き、目を見る者に向けた。描かれた額を窓に見立てて人物と見る者が「通じ合う」工夫も、ヤン・ファン・エイクから受け継いだ。一方で、ファン・エイクの暗く均一な背景の代わりに、白い衣の人物を豊かで暖かな赤い背景の前に置き、右からの強い光と左奥の柔らかな光で区切られた狭い部屋の隅に斜めに据えた。館は、ファン・エイクの没後にブルッヘの第一の画家となったクリストゥスが、先人の平らな背景を超えたとしている。描かれた額の上の蠅は、蜂を本物と見まがうほどに描いた画家についての、古代のフィロストラトスの記述を思わせる仕掛けである。赤外線と重ね合わせの調査では、最初に描かれた頭部が、ロンドン・ナショナル・ギャラリーの《エドワード・グリムストンの肖像》の頭部と同じ大きさで細部まで一致し、画家はのちに頭部を小さく描き直して、はるかに入念に仕上げたことが分かった。X線写真からは、肖像を先に描き、描かれた額は後から加えたことも分かる。

来歴

館の図録によれば、署名と年記は異なる顔料で書かれ、年記は署名の右にあとから付け足したように見える。年記を偽りとして制作をもっと後とみる説もあったが、図録は、ファン・エイクの作に近い技法から1446年の制作が妥当とし、元の額に記された年を、額を外したときに画面に写した可能性を挙げる。人物の名も元の額に記されていたのかもしれない。本作は1911年までにマヨルカ副王ドン・ラモン・デ・オムスの所蔵となり、バレンシアのドス・アグアス侯爵、ロンドンとニューヨークの画商を経て、1927年にニューヨークのジュールズ・S・ベイチが購入し、1949年に館に入った。

意義

館の図録によれば、パノフスキーが指摘したように、クリストゥスは見る者を人物の私的な空間に招き入れる「角の空間の肖像」の創始者と呼ぶことができ、本作は両者の関係をまったく新しい心理的な基盤の上に置いた。同じ画家の作品には、ベルリン絵画館の《若い女の肖像》がある。