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NO PORTRAIT
生没年
?–1426年
国籍
南ネーデルラント
様式
初期フランドル派
本DB収録 1 点

フーベルト・ファン・エイク

Hubert van Eyck

1426年に没した初期フランドル派の画家で、ヤン・ファン・エイクの兄。《ヘントの祭壇画》を描き始め、弟が1432年に完成させたと額の銘文が伝える。ほかに彼の作と確かめられた絵は知られていない。

略歴BIOGRAPHY

生涯

生年と生地の記録は無い。《ヘントの祭壇画》の額に書かれた4行の銘文は、「彼に勝る者はいない画家」フーベルトがこの仕事を始め、技において第二の弟ヤンが、ヨース・ファイトの求めで仕上げたと記す。王立文化財研究所(KIK-IRPA)によれば、フーベルトは1426年に、おそらく祭壇画の制作のさなかに没した。聖バーフ大聖堂によれば、修復後の調査で、上段の聖母と洗礼者ヨハネの背後の布の銘文に、フーベルトの古い綴り「ルブレクト」と没年が読み取れた。

様式

KIK-IRPAとアントワープ大学は2021年、修復中の調査にもとづき、中央パネルの下に描かれた最初の層をフーベルトの手と判断した。そこには空、建物の点在する丘の風景、地平線の町、草地が描かれ、祭壇と子羊、天使、中心の人物の一部もすでにあった。祭壇の前には自然の泉が置かれていたが、のちにヤンが今の生命の泉に描き替えた。同研究所は、フーベルトの役割が構想や下図にとどまらず、実際に絵筆をとっていたことが、様式の研究と科学的なデータから初めて示されたとする。

代表作

確実に彼の手になるとされる作品は、《ヘントの祭壇画》(1432年完成、ヘント、聖バーフ大聖堂)の一部だけである。

影響

KIK-IRPAは、ほかのフーベルトの作品を探す研究がこれから始まるとし、彼がファン・エイク以前の絵画と、弟ヤン・ファン・エイクの革新的な「新しい芸術(アルス・ノーヴァ)」とをつなぐ存在だった可能性を挙げている。

代表作MAJOR WORKS

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