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ハンス・メムリンクの肖像

《ドン三連祭壇画》の左翼《洗礼者聖ヨハネ》(1478年頃、ロンドン・ナショナル・ギャラリー)。柱の陰に立つ男は画家自身ともいわれる

Wikimedia Commons / ロンドン・ナショナル・ギャラリー / Public domain
生没年
1435–1494年
国籍
神聖ローマ帝国(ブルッヘで活動)
様式
初期フランドル派
本DB収録 1 点

ハンス・メムリンク

Hans Memling

1435年頃にドイツのゼーリゲンシュタットで生まれ、1494年にブルッヘで没した画家。初期フランドル派を代表する一人で、ブルッヘに工房を構え、穏やかな祭壇画と、風景を背にした肖像画で人気を集めた。

略歴BIOGRAPHY

生涯

フランドル美術コレクション(ベルギー・フランデレンの美術館の共同サイト)によれば、1435年頃、ドイツのゼーリゲンシュタットに生まれた。修業の記録はないが、作品にケルンの画家シュテファン・ロッホナーの影響が濃いことから、ケルンで学んだとみられる。のちにブリュッセルのロヒール・ファン・デル・ウェイデンの工房で働き、師が没した1464年の直後にブルッヘへ移って、1465年1月30日に市民権を得た。ブルッヘでは工房を営み、やがて市の最も裕福な市民の一人に数えられるようになった。1494年8月11日にブルッヘで没した。

様式の変遷

同サイトは、メムリンクの作風をヤン・ファン・エイクとファン・デル・ウェイデンの影響を独自にまとめあげたものとする。デンマークの百科事典『レックス』によれば、ファン・デル・ウェイデンの劇的な表現からは離れた、静かで叙情的な気質の持ち主で、のちにはイタリアの形の感覚も取り入れた。肖像画の背景に風景を置いたことは、メムリンクが始めた新しさの一つである。

代表作

グダニスク国立美術館の三連祭壇画《最後の審判》(1467〜1473年)、ブルッヘの聖ヨハネ施療院のための《聖ヨハネ祭壇画》(1479年)と《聖ウルスラの聖遺物箱》、《モレール三連祭壇画》(グルーニング美術館)が知られる。

影響

同サイトによれば、残る作品は祭壇画や個人の礼拝のための作品がおよそ100点、肖像画が30点余りと際立って多い。注文主にはイタリアやスペインの商人や銀行家が多く、ブルッヘの富裕な市民も名を連ねた。ブルッヘの内外に追随者を生み、イタリアの絵画にも影響を与えた。

代表作MAJOR WORKS

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