- 生没年
- 1378–1444年
- 国籍
- 南ネーデルラント
- 様式
- 初期フランドル派
ロベルト・カンピン
初期フランドル派の画家。1406年からトゥルネーで活動し、ロヒール・ファン・デル・ウェイデンを育てた。ファン・エイクとともに写実的な油彩画を開き、「フレマールの画家」と同一視されることが多い。
略歴BIOGRAPHY
生涯
フランスの文化財データベース(ディジョン美術館の登録)によれば、1378年にヴァランシエンヌで生まれ、1444年4月26日にトゥルネーで没した。ロンドン・ナショナル・ギャラリーは生年を1378年か1379年、プラド美術館は1370年頃とする。ナショナル・ギャラリーによれば、1406年からトゥルネーで活動した。プラド美術館によれば、当時の画家としては比較的記録がよく残っており、彩色した彫刻や旗、壁画の仕事が知られる。1427年には、のちのロヒール・ファン・デル・ウェイデンとジャック・ダレがトゥルネーのカンピンの工房にいた記録がある。
様式
ナショナル・ギャラリーによれば、カンピンはヤン・ファン・エイクとともに、15世紀初めのネーデルラントで写実的な油彩画の様式を開いた画家である。細部の写実には人物の重みが伴い、それは当時のネーデルラントを治めたブルゴーニュ公国の彫刻に通じ、イタリアではフィレンツェの初期ルネサンスの画家たちの作品に並ぶものだった。この性格は肖像画にも表れている。
代表作
ナショナル・ギャラリーは、カンピンを「フレマールの画家」と同一人物とみなすのが今では普通だとし、フランクフルトのシュテーデル美術館にある3枚の等身大の板絵などを彼の作に数える。この呼び名は、1898年にドイツの美術史家フーゴー・フォン・チューディが、リエージュ近郊のフレマールの修道院から来たと考えられたこの3枚の板絵をもとに名づけたものである。プラド美術館によれば、ディジョン美術館の《キリスト降誕》、フランクフルトの《悪しき盗賊》、ロンドンのコートールドにあるセイラーンの三連祭壇画、プラド美術館の《聖母の結婚》が、そのグループの中核とほぼ一致して認められている。同館の《ウェルル祭壇画》(1438年)は、長くカンピンの作とされてきたが、館は現在フレマールの画家の追随者の作としている。
影響
プラド美術館は、確かにカンピンの手になる板絵が一点も無いことや、作風の幅が一人の画家とは考えにくいほど広いことから、同定には慎重な見方をとる。ディジョン美術館も、「フレマールの画家」の名のもとには、カンピンの工房で同時に働いた複数の画家が隠れているとしている。工房から出たロヒールは、15世紀で最も影響力のあった画家の一人となった。