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《カンビュセスの審判》

Het Oordeel van Cambyses
《カンビュセスの審判》ヘラルト・ダヴィト
Wikimedia Commons / グルーニング美術館 / CC0 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
ヘラルト・ダヴィト
制作年
1498年
素材
板(オーク材) / 油絵具
寸法
182.3 × 318.6 cm
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左の板では、裁きの席に座る裁判官シサムネスの罪を王カンビュセスが指折り数え、男たちが腕をつかむ。右の板では、台に縛られたシサムネスが生きたまま皮を剥がれ、奥では息子が父の皮を張った席に座る。

概要

《カンビュセスの審判》は、ブルッヘの画家ヘラルト・ダヴィトが1498年に描いた、二枚の板からなる油彩の板絵で、ブルッヘのグルーニング美術館が所蔵する。館の記録では、オーク材の板に描かれ、二枚を合わせて縦182.3センチ、横318.6センチ。所蔵番号は0000.GRO0040.I-0041.Iで、左の板は「カンビュセスによるシサムネスの逮捕」、右の板は「シサムネスの皮剥ぎ」と題される。フランドル地方の「名品」に指定されている。フランドル美術コレクションによれば、ダヴィトにとって最初の大きな公共の注文で、画家の作品の中で唯一年記のある作である。

画面の読み解き

館の解説によれば、カンビュセスは前529年から前522年まで在位したペルシアの王で、エジプトの征服で知られる。カンビュセスの死のおよそ50年後に生まれたギリシアの歴史家ヘロドトスは、王を狂気じみた残酷な支配者として描き、15世紀にもそのように知られていた。フランドル美術コレクションによれば、古いペルシアの物語では、腐敗した裁判官シサムネスが王カンビュセスの命で生きたまま皮を剥がれた。左の板では、カンビュセスが罪状を述べるなかでシサムネスが捕らえられる。シサムネスは賄賂を受けて偽りの判決を下していた。背景では、シサムネスが自宅の階段で商人から何かを受け取っている。右の板には、シサムネスの凄惨な皮剥ぎが描かれ、右上では、父の剥がれた皮を張った席に、息子オタネスが裁判官として座っている。

技法・様式

館によれば、ダヴィトはこの処罰を、自分の時代のブルッヘで起きたことのように描いた。シサムネスの席の両側の円形の浮彫、プットや花綱といった古代を参照するルネサンスの要素を、15世紀の建物や当時の服装の男たちと組み合わせている。フランドル美術コレクションによれば、ダヴィトはネーデルラントで最も早くイタリア・ルネサンスの様式やモティーフを取り入れた画家の一人で、本作はその好例である。構図の簡潔さ、量感と空間の強い表現、細部の写実が場面に際立った記念碑性を与える。判事シサムネスの皮剥ぎは解剖学的な細部まで入念に描かれ、見守る人々の抑えた表情と拷問の写実が劇的な緊張を高めている。

来歴

フランドル美術コレクションによれば、二枚の板は二連画として、ブルッヘ市庁舎の法廷に「正義の板絵」として掛けられ、判事たちに常に腐敗を避けるよう促した。公の場に置かれたため、「逮捕」の板には美公フィリップとフアナ・デ・アラゴンの紋章、「皮剥ぎ」の板にはフランドルとブルッヘの紋章が描かれている。画家の年譜によれば、1498年から1499年にかけて、ブルッヘ市は市庁舎の「判事の間」のための「大きな描かれた板」の完成に対してダヴィトに報酬を支払った。この記録を現存する二枚の板に結びつけたのは、イギリスの記録研究家ジェームズ・ウィール(1832〜1917年)で、これによってダヴィトの作品は忘却から呼び戻された。

意義

館によれば、ダヴィトのこの興味深い作品は、市庁舎で毎日これを見たブルッヘの判事たちに、裁きの務めを果たすうえで清廉かつ公正であるよう説くものだった。同じ館には、ヤン・ファン・エイクの《ファン・デル・パーレの聖母子》も所蔵されている。