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《洗礼者聖ヨハネと福音書記者聖ヨハネの三連祭壇画》

Drieluik van Johannes de Doper en Johannes de Evangelist
《洗礼者聖ヨハネと福音書記者聖ヨハネの三連祭壇画》ハンス・メムリンク
Wikimedia Commons / 聖ヨハネ病院 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
ハンス・メムリンク
制作年
1479年
素材
板 / 油絵具
寸法
176 × 331.6 cm
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金襴の天蓋の下で聖母が幼子を膝に抱き、幼子が聖カタリナの指に指輪をはめる。左右には二人の聖ヨハネが立つ。左翼には洗礼者ヨハネの斬首、右翼にはパトモス島で黙示録の幻を見る福音書記者ヨハネが描かれる。

概要

《洗礼者聖ヨハネと福音書記者聖ヨハネの三連祭壇画》は、ブルッヘで活躍した画家ハンス・メムリンクが描いた祭壇画で、ブルッヘの聖ヨハネ病院が所蔵する。中央の場面から《聖カタリナの神秘の結婚》とも呼ばれる。館の解説によれば、500年以上前、施療院の修道女と修道士たちが、施療院の教会の祭壇画としてメムリンクに注文した。館の記録では、板に油彩で、中央の額の下部に「OPVS IOHANNIS MEMLING ANNO M CCCC LXXIX」(ヨハネス・メムリンク作、1479年)の銘がある。所蔵番号はO.SJ0175.I。ベルギー王立文化財研究所(KIK-IRPA)の目録によれば、支持体は樫の板で、中央の板は縦横173.6センチ、両翼はそれぞれ縦176センチ、横79センチ。館は額を含めた全体の重さを250キロとしている。

画面の読み解き

中央では、金襴の天蓋の下の玉座に聖母が座り、膝の上の幼子イエスが、左に座る聖カタリナの指に指輪をはめる。右では聖バルバラが本を読み、その後ろには塔がそびえる。左右には、子羊を連れた洗礼者聖ヨハネと、杯を持つ福音書記者聖ヨハネが立つ。館によれば、二人のヨハネは施療院の守護聖人で、中央の柱のあいだには、船からワイン樽を揚げるブルッヘの木製クレーンが見える。ワインの輸入にかかる税は施療院に入っていたという。右の柱の後ろには、長い黒い修道服の修道士がいる。英語版ウィキペディアによれば、左翼は洗礼者ヨハネの斬首で、首切り役人がサロメの皿に首を載せる。右翼では、パトモス島の福音書記者ヨハネが、『ヨハネの黙示録』の幻を書き留めている。

技法・様式

館によれば、注文した修道士と修道女たちは、外側の翼の板にも描かれている。KIK-IRPA の目録は、寄進者として施療院長アントゥーニス・セーヘルス、修道士ヤーコプ・デ・クーニンク、修道院長アグネス・カセンブロート、修道女クララ・ファン・ヒュルセンの名を挙げる。英語版ウィキペディアによれば、彼らの後ろには守護聖人のアントニウス、ヤコブ、アグネス、クララが立つ。館は、こうした祭壇画はふだんは閉じられ、人々は灰色の濃淡で描かれることの多い外側だけを目にし、特別な祝日にだけ開かれて、色彩に満ちた生き生きとした場面が現れたと述べる。

来歴

本作はいまも、注文された施療院の建物にある。KIK-IRPA の目録は、制作年を1474年から1479年とし、本作が1902年のブルッヘの「フランドル初期絵画展」、1960年の「フランドル初期絵画の世紀」展、1994年のメムリンク展に出品されたことを記す。英語版ウィキペディアによれば、額の多くが当初のまま残る点も珍しい。

意義

館の頁は、本作がフランデレンの傑作(Flemish Masterpiece)の一つであることを示している。日本語版ウィキペディアも、メムリンクの作品一覧にこの三連祭壇画を挙げる。英語版ウィキペディアによれば、施療院のアウグスティノ会の修道士たちは、その後もメムリンクに《聖ウルスラの聖遺物箱》などを注文し、それらはいまもメムリンク美術館として公開されている施療院の建物に並んでいる。