《工房の金細工師、おそらく聖エリギウス》
- 作者
- ペトルス・クリストゥス
- 制作年
- 1449年
- 素材
- 板(オーク材) / 油絵具
- 寸法
- 98 × 85.2 cm
- 所蔵
- メトロポリタン美術館
- 時代
- ルネサンス
- 流派
- 初期フランドル派
窓を開けた店先で、赤い衣の金細工師が天秤で指輪を量り、着飾った男女がそれを見守る。右の棚には珊瑚や水晶、真珠や器が並ぶ。台の上の凸面鏡には、鷹を連れた二人の若者と外の通りが小さく映る。
概要
《工房の金細工師、おそらく聖エリギウス》は、ブルッヘの画家ペトルス・クリストゥスが1449年に描いた油彩の板絵で、ニューヨークのメトロポリタン美術館が所蔵する。館の記録では、オーク材の板に描かれた画面が縦98センチ、横85.2センチ(板の全体は縦100.1センチ、横85.8センチ)で、所蔵番号は1975.1.110。1975年にロバート・レーマン・コレクションとして館に入り、第953室に展示されている。画面の下には白い絵具で「マギステル・ペトルス・クリストゥスが1449年にわたしを作った」という署名と年記があり、時計の脱進機とハートを組み合わせたような画家のしるしが添えられている。館は、ファン・エイクの没後にブルッヘの第一の画家となったクリストゥスによる、北方ルネサンスの名高い傑作としている。
画面の読み解き
館の図録によれば、金細工師の店先をのぞき込むこの絵には、流行の装いの男女が婚約の帯を脇に置き、取り決めを結ぶための指輪を選ぶ姿が描かれている。金細工師は指輪を量る手を止め、婚礼の秘跡に臨もうとする二人の決意を確かめるように探るような目を向ける。右の棚には、珊瑚、水晶、斑岩、袋に入った小粒の真珠、宝石、数珠といった材料と、ブローチや指輪、帯の留め金などの製品が並ぶ。壁に掛かる一対の「蛇の舌」(実はサメの歯の化石)は毒に触れると色が変わるとされ、カーテンに半ば隠れた椰子の実の杯も毒消しに用いられた。わが身を突いて雛を養うペリカンを飾った水晶の容器は、聖体のパンを納めるためのものだったとみられる。台の上の凸面鏡には、鷹を連れた二人の若者が映る。館によれば、鷹は傲慢と強欲の象徴で、ひびと染みのある鏡に映る見る者の不完全な世界と、店の中の徳と均衡の世界とが対比されている。
技法・様式
館によれば、本作は、宝石やガラス、金属の輝く品々など、写実的な幻影と細部へのネーデルラントの画家の関心をよく示している。図録によれば、まだ一点透視の遠近法を身につける前の段階で、クリストゥスは鏡を巧みに置いて、絵の空間を見る者の側へと広げた。鏡には聖人の赤い袖と店の戸口、見る者の空間を表す二人の人物が映り込む。これは、画中の出来事を強調するために使われたヤン・ファン・エイクの《アルノルフィーニ夫妻の肖像》の鏡とはまったく異なる。赤外線の調査では、作業台の縁に定規を当てた筆の線、窓の鎧戸に刻まれた線が見つかり、金細工師の顔の下描きは男女の顔よりはるかに入念で、肖像である可能性を示している。
来歴
館によれば、中央の人物は光輪があったために、長く金細工師の守護聖人エリギウスとされてきたが、光輪はのちの書き足しと分かり、取り除かれた。館は本作を、金細工の職業とおそらく特定の金細工師を描いた「職業画」とみなし、ブルゴーニュ公フィリップ善良公に仕えたブルッヘの金細工師ウィレム・ファン・フルーテンを描いたとする説を紹介する。公は1449年、スコットランド王ジェームズ2世と結婚するゲルデルン家のマリーへの贈り物をファン・フルーテンに注文しており、描かれた男女はその王族の二人かもしれない。図録によれば、本作はブルッヘの金細工師組合のために描かれた可能性があり、組合の礼拝堂は1449年に再び聖別されている。のちにブレーメンのA・メルリ、エルバーフェルトのゲラルト・ジーベル、ケルンのアルベルト・オッペンハイム男爵らの手を経て、フィリップ・レーマン、ロバート・レーマンが所蔵し、1975年に館に入った。
意義
館の図録は、本作をクリストゥスの作品の中で15世紀の裕福な市民の豊かな世界を最もよく伝える絵とし、その構図はファン・エイクのどの作にも似ておらず、クリストゥス自身の創意と認めるべきだとする。同じ画家の作品には、同館の《カルトジオ会修道士の肖像》がある。