《ウェルル祭壇画》
左の翼では、凸面鏡の掛かる部屋で、赤い外套の洗礼者ヨハネが子羊をのせた本を持ち、茶色の修道服の寄進者がひざまずく。右の翼では、暖炉の火が燃える部屋で、緑の衣の聖バルバラが本を読み、窓の外に塔が見える。
概要
《ウェルル祭壇画》は、1438年に描かれた三連祭壇画の両翼で、マドリードのプラド美術館が所蔵する。左翼の《ハインリヒ・フォン・ヴェルルと洗礼者聖ヨハネ》と右翼の《聖バルバラ》からなり、館の記録では、どちらもオーク材の板に描かれた油彩の祭壇画の翼で、縦101センチ、横47センチ。所蔵番号はP001513とP001514で、第58室に展示されている。中央の板は失われ、どのような図だったかは分かっていない。かつてはロベルト・カンピン、すなわち「フレマールの画家」の作とされてきたが、館は現在「フレマールの画家の追随者」の作としている。
画面の読み解き
館の解説によれば、左翼では、フランシスコ会の修道士ハインリヒ・フォン・ヴェルルが修道服姿で戸口にひざまずいて祈り、背後には開いた扉がある。その脇の高い窓のそばに、悔悛のしるしである粗い衣に赤い外套をまとった洗礼者ヨハネが立つ。ヨハネが手にする本の上には、彼が告げたキリストの犠牲の象徴である子羊がのり、右手は修道士を紹介し、守るようなしぐさをしている。奥行きの深い部屋には左の二つの大きな窓から光が差し込み、上部のステンドグラスには紋章の盾が並ぶ。奥の台座の上には、冠をかぶり幼子を抱く石の聖母像が立つ。館が挙げる画中の品には、金めっきの枠にはめた丸い凸面鏡もある。下部の銘は、1438年に「ケルンの師ハインリヒ・ヴェルル」がこれを作らせたと記す。右翼では、聖バルバラが暖炉の火に照らされた豪華な部屋で本を読む。窓の外の風景に見える塔は、彼女をキリスト教に改宗させまいとした父ディオスコロスが娘を閉じ込めた場所で、聖女のいつもの持物である。
技法・様式
館によれば、右翼は初期ネーデルラント絵画の室内表現の最もすぐれた例の一つで、のちの多くの絵の手本となった。幅の広い顔、衣の襞の落ち方、それぞれの素材の質感への細かな注意に、画家の特徴がよく表れている。炎や火花、火の光の照り返し、遠くの塔の小さな人物といった細部は入念に描かれているが、フレマールの画家やロヒール・ファン・デル・ウェイデンが追い求めた、形への関心や、優美な模様と線のリズムには、それほど関心を払っていない。たとえば聖バルバラは、ロヒールの《読書するマグダラのマリア》に近いが、その人物を魅力的にし、読書への没入を伝える半円形の構成を欠いている。
来歴
館の解説によれば、寄進者ハインリヒ・フォン・ヴェルルは1430年にケルン大学に入り、1435年に神学者となったフランシスコ会士で、1432年にケルンの修道会の管区長に選ばれ、銘にある「師」の称号を持った。両翼はスペイン王室のコレクションにあり、1801年より前にはエル・エスコリアルの王子の小館に、のちアランフエス宮殿の王妃の部屋に置かれ、1827年に館に入った。1857年の目録では、ヤン・ファン・エイクの作とされていた。2009年にはベルリンで開かれた展覧会「近代絵画の誕生」に出品された。
意義
館によれば、両翼には、フレマールの画家の周辺の作品やロヒール・ファン・デル・ウェイデンの作品と共通する特徴が多いが、どちらかの画家が描いたことをはっきり示す証拠は無い。館は、ロヒールの作品のいくつかをよく知っていたフレマールの画家の追随者の作と結論し、さまざまな手本から借りるこの折衷的な画家は、二人の巨匠の中間にあたる作品、とりわけ《メロードの祭壇画》やロンドンの《暖炉の衝立の前の聖母子》を描いた画家と同じ人物かもしれないとしている。カンピンの名で知られてきた作品には、ディジョン美術館の《キリスト降誕》がある。