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《若い女の肖像》

Bildnis einer jungen Dame
《若い女の肖像》ペトルス・クリストゥス
Wikimedia Commons / ベルリン絵画館 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
ペトルス・クリストゥス
制作年
1470年
素材
オーク・パネル / 油絵具
寸法
29.1 × 22.7 cm
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灰褐色の壁を背に、黒いビロードの帽子をかぶった若い女が、体を斜めに向けてこちらをじっと見つめる。青い衣は白貂の毛皮で縁どられ、首には三連の金の鎖が光る。

概要

《若い女の肖像》(独: Bildnis einer jungen Dame)は、ブルッヘで活動したペトルス・クリストゥスが1470年頃に描いた油彩画である。縦29.1センチ、横22.7センチのオーク材の板絵で、ベルリン絵画館が所蔵する。館によれば、クリストゥスの女性の肖像として知られる唯一の作品で、初期フランドル派の肖像画の中でもとりわけ謎めいた一枚である。

画面の読み解き

ベルリン絵画館の解説によれば、モデルは、灰褐色の壁と茶色の羽目板で示された室内にいる。左手前から差し込む光が、その姿と、部屋の中での位置をはっきりと感じさせる。若い女はこちらへ体を向け、見る者を注意深く見つめる。金の縁取りと小さな真珠で飾った黒いビロードの帽子をかぶり、首には精巧な三連の金の鎖をかける。青い衣は白貂の毛皮で縁どられている。黒いビロードの細い帯が額へ垂れ、髪は当時の流行に従って後ろへ引き詰められて、頭の輪郭を際立たせる。青白い顔、黒い瞳、繊細な曲線を描く唇には、独特の魅力がある。狭い肩、ほっそりした首、きゃしゃな体は、貴族らしい威厳を保ちながらも、彼女を不思議なほどもろく見せる。館は、そのすべてが、どこか異国的で、大人の女性と少女の両方を感じさせる雰囲気を強めているとする。

技法・様式

オーク材の板に油彩で描かれる。暗い無地の背景ではなく、壁と羽目板で室内を示し、光の向きで人物の立つ空間をつくっている。館の解説によれば、かつては1440年代の作とされることが多かったが、いまはその見方は退けられ、画家の晩年の1470年頃の作とされる。メムリンクの《マリア・バロンチェッリの肖像》(1470〜1471年、メトロポリタン美術館)や、ブルッヘの画家による《マリア・ホーゼの肖像》(1473年、ブリュッセル王立美術館)との比較が、衣装の一致からもこの年代を裏づけるという。

来歴

館によれば、本作が1821年に取得されたとき、まだもとの額に収まっており、額の銘は1824年に美術史家グスタフ・ワーゲンによって「Opus Petri Christophori(ペトルス・クリストフォルスの作)」と読まれた。フィレンツェのロレンツォ・デ・メディチ(1449〜1492年)の収集品の目録には、「ブルッヘのピエトロ・クレスティ」の作と明記された「フランスの婦人の頭部」があるが、本作と同じものだという確かな証拠はない。所蔵番号は532。

意義

館は、モデルが誰かは分かっていないとする。ブルゴーニュ公シャルル突進公の2番目の妻イザベル・ド・ブルボン(1465年没)や、クリストゥスが1446年に肖像を描いたエドワード・グリムストンの妻アリスとする説がある。ワーゲンは「名高いタルボットの姪」としたが、初代シュルーズベリー伯ジョン・タルボットの姪は1421年に没している。館はむしろ、伯の孫娘アンとマーガレットが、1468年にシャルル突進公とマーガレット・オブ・ヨークの婚礼のためブルッヘを訪れたおばのノーフォーク公夫人エリザベスに伴われ、そこで描かれた可能性を、ありえなくはない仮説として挙げる。