《七つの秘蹟の祭壇画》
- 作者
- ロヒール・ファン・デル・ウェイデン
- 制作年
- 1440–1445年
- 素材
- 板(オーク材) / 油絵具
- 寸法
- 200 × 223 cm
- 所蔵
- アントワープ王立美術館
- 時代
- ルネサンス
- 流派
- 初期フランドル派
奥へ続くゴシックの聖堂の中央に十字架が立ち、その下で涙を流す人々の中に聖母が気を失って崩れる。左右の側廊では洗礼から終油までの秘蹟が行われ、その上を巻物を持つ天使が舞う。
概要
《七つの秘蹟の祭壇画》は、初期フランドル派の画家ロヒール・ファン・デル・ウェイデンが1440年から1445年頃に描いた油彩の祭壇画で、アントワープ王立美術館が所蔵する。館の記録では、板に油彩で、三枚を合わせて縦200センチ、横223センチ。所蔵番号は393から395。ベルギー王立文化財研究所(KIK-IRPA)の記録では、支持体はオーク材で、中央の板は縦200センチ、横97センチ、左右の翼は縦119センチ、横63センチである。館によれば、年輪年代の分析から1440年より後の制作と分かり、美術史家は様式から1440年から1445年頃とみている。
画面の読み解き
館によれば、画家はゴシックの聖堂の内部を主祭壇の方へ見通す空間に、互いに結びつく二つの場面を描いた。中央には十字架にかけられて息絶えたキリストがあり、その足もとで従う人々が激しく嘆く。この場面の人物は、聖堂にいるほかの人々よりずっと大きく描かれている。側廊と主祭壇の前の小さな人物たちは、キリスト教の信仰の柱である七つの秘蹟を演じる。左から順に、洗礼、堅信、告解、聖体、婚姻、叙階、終油である。聖堂は社会のさまざまな層と身分を集めた小宇宙で、着飾った市民もいれば、中央の板の右に描かれた物乞いもいる。年齢もさまざまである。
技法・様式
館によれば、初期フランドル派は感情の描写で知られ、本作の十字架の下の人々はその最たる例である。頬には涙が流れ、聖母は悲しみのあまり気を失っている。手や頭、脇腹の傷から滴る血を描くことで、画家は見る者の心も揺さぶろうとした。画家は助手を抱える工房を率いており、本作も共同の仕事だが、大部分は画家自身の手になる。2006年から2009年の修復で黄ばんだワニスが除かれた後、専門家たちは、中央の板はすべて画家が描き、翼の建築と一部の人物は二人の助手に任せたと結論した。
来歴
館によれば、本作はジャン・シュヴロ(1395年頃〜1460年)の注文による。シュヴロはトゥルネー(蘭: ドールニク)の司教で、ブルゴーニュ公フィリップ善良公とイザベル・ド・ポルテュガルのもとで大評議会の議長を務めた。注文の記録は無いが、三枚の板の左上と右上の角に、シュヴロとトゥルネーの紋章がある。どの聖堂に置くための祭壇画だったかは分かっていない。トゥルネー大聖堂のシュヴロの私的な礼拝堂が自然な候補だが、奇跡の聖体への信仰があった、シュヴロの生地ポリニーのサン・ティポリット教会の礼拝堂だった可能性もある。KIK-IRPA の記録では、本作はアントワープ市長フロレント・ファン・エルトボルン(1784〜1840年)の収集に由来する。館によれば、ファン・エルトボルンは中世末の美術を熱心に集めた館の最大の寄贈者で、その作品を館に遺贈した。
意義
館によれば、天使たちは二つの場面の関係を説き明かす。天使が持つ巻物には、それぞれの秘蹟をキリストの死と結びつける教会の書物の言葉がラテン語で書かれている。その結びつきが最も明快なのは、中央の板にだけ描かれた聖体である。ミサは十字架の死に先立つ最後の晩餐の記念であり、聖別された聖体はキリストの体へと変わるからである。シュヴロは堅信を授ける司教として描かれている。館によれば、聖堂のほかの人々の顔の中には、錫の薄板に描いて後から板に貼り付けたものがあり、画家が現地で実在の人物を描き、工房で大画面に組み込んだと考えられる。それらの人物はまだ確かには特定されていない。