《十字架を担うキリスト》
奥行きのない暗い画面を、歪んだ顔の群れが埋めつくす。斜めに横切る十字架の下で、目を伏せたキリストだけが穏やかな顔を見せ、左下には布に写ったキリストの顔を持つヴェロニカが目を閉じている。
概要
《十字架を担うキリスト》(蘭: De Kruisdraging)は、ネーデルラントの画家ヒエロニムス・ボスの作とされる、1510年から1516年頃の油彩の板絵で、ベルギーのゲント美術館が所蔵する。縦76.7センチ、横83.5センチ。所蔵館はボスの晩年の作品の一つとし、同館を代表する作品として紹介しているが、ボスの真筆かどうかは今も議論が続いている。
画面の読み解き
所蔵館によれば、善と悪の戦いを主題とするこの画面からは、空間の奥行きがすっかり取り除かれている。キリストの頭のまわりには、トローニーと呼ばれるグロテスクな顔の群れがうごめく。ひとめでは混沌として見えるが、構図は厳格で、キリストの頭は二本の対角線の交点に置かれている。一本は十字架の横木で、左上にキレネのシモン、右下に悪い盗賊がいる。もう一本は、左下のヴェロニカの布に写ったキリストの顔と、右上の悔い改める盗賊を結ぶ。この盗賊には、邪悪なペテン師かパリサイ人と、意地の悪い修道士が詰め寄っており、所蔵館はこれを当時の宗教的な狂信への当てこすりとみる。
技法・様式
所蔵館によれば、グロテスクな頭部は、受難劇でよく使われた仮面や、レオナルド・ダ・ヴィンチの戯画を思わせる。それとは対照的に、柔らかく肉づけされたキリストの顔は静かである。すべての人に見捨てられながら、この世のあらゆる悪に打ち勝つ「苦しむキリスト」の姿で、ボス自身も属した平信徒の兄弟会の考え方によく合う表現だという。暗い背景に顔だけを密に並べる画面は、明るい色の衣や帽子、兜の金属の光で区切られている。
来歴
所蔵館の所蔵番号は1902-Hで、ゲント美術館のコレクションにある。同館は1798年に創設され、1802年に公開されたベルギー最古の美術館で、1904年からシタデル公園のそばの現在の建物にある。同館の紹介では、本作はファン・デル・ウェイデン《カーネーションの聖母》などと並ぶ古典絵画の代表作に挙げられている。
意義
ベルギー公共放送 VRT の2015年10月31日の報道によれば、6年にわたってボスの作品を調べたボス研究保存計画(BRCP)は、本作とプラド美術館の《七つの大罪》を、ボスの工房の同時代人、おそらく追随者の作と結論した。ゲント美術館は、本作の帰属は何十年も議論されてきたとして結果に驚きは示さず、誰が描いたのかという問いは残ると述べた。ベルギー王立文化財研究所の目録も、作者を「ボス(追随者)」、年代を1510年頃から1535年としている。所蔵館は、帰属の問題が残るとしても、本作は西洋美術の歴史のなかで最も幻覚的な場面の一つだとしている。