クレジット方針 収録範囲について お問い合わせ
作品COLLECTION 画家ARTISTS 流派MOVEMENTS 時代PERIODS 所蔵MUSEUMS 様式史HISTORY 用語集GLOSSARY 検索SEARCH

《ミラフロレスの祭壇画》

Der Miraflores-Altar
《ミラフロレスの祭壇画》ロヒール・ファン・デル・ウェイデン
Wikimedia Commons / ベルリン絵画館 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
ロヒール・ファン・デル・ウェイデン
制作年
1435–1445年
素材
板(オーク材) / 油絵具
寸法
74.3 × 134.7 cm
広告

彫刻で飾ったアーチの門の奥に、三つの場面が並ぶ。左は聖母が膝の幼子を拝みヨセフがまどろむ降誕、中央は十字架の下で亡き子を抱く聖母、右は復活したキリストが母の前に現れる場面である。

概要

《ミラフロレスの祭壇画》は、ネーデルラントの画家ロヒール・ファン・デル・ウェイデンが1445年以前に描いた油彩の三連の祭壇画で、ベルリン絵画館が所蔵する。館の記録では、3枚のオーク材の板がそれぞれ縦74.3センチ、横45.0センチ(中央)、縦73.7センチ、横45.0センチ(左)、縦74.3センチ、横44.7センチ(右)で、所蔵番号は534A。館は「マリア祭壇画」の別名も挙げている。

画面の読み解き

館の解説によれば、3枚の板には、それぞれ区切られた遠近法の空間の中に、聖母とキリストの生涯の三つの大切な場面が描かれ、母と子の深い結びつきを伝えている。左は降誕で、生まれた救い主は白い布の上に裸で聖母の膝に横たわる。老いたヨセフは腰掛けでまどろみ、母と子の親密さから外されている。背後の高価な布が、場面をゴシックの丸天井の部屋から隔てる。中央の板は、丘に十字架が立つ広い風景に開かれ、深い悲しみの聖母が死んだ子を抱き、福音書記者ヨハネとアリマタヤのヨセフが聖母を支える。右の板では、復活したキリストが母の前に現れ、母は悲しみの中から驚いて顔を上げる。3つの場面は、豊かな彫刻で飾ったアーチの門に縁取られ、その彫刻が主題を補う。アーチの頂には冠と巻物を持つ天使が浮かび、巻物は場面ごとに聖母の徳をたたえる。聖母の衣の縁の刺繍の言葉は、ルカによる福音書の聖母の賛歌「マニフィカト」から取られている。

技法・様式

館によれば、門の枠が黄土色で、木の構造のように見えるのは珍しい細部である。木の門も茶色に塗った建築も現実には考えにくく、画家はここで現実のさまざまな層を戯れに重ねている。この茶色は、おそらく今は失われた元の額の色合いを画面に取り込んだものだった。その額は、1842年に画家ハイプ・ファン・ホーフェがデン・ハーグの「ゴシックの間」に掛かるオランダ王ウィレム2世の絵を描いた水彩画に、ごく小さく写っている。館は、本作のすらりとした印象深い人物像が、16世紀までネーデルラントの美術に影響を与え続けたとしている。

来歴

館によれば、1445年、カスティーリャ王フアン2世が、ブルゴス近郊のミラフローレス修道院(カルトゥジオ会)に、キリストの降誕、哀悼、復活したキリストの聖母への出現を描いた作品を贈った。この寄進は今は失われた修道院の記録簿「リブロ・デル・ベセロ」に記され、作品を描いたのが偉大で名高い「マギストロ・ロヘル」であることも書かれていた。この記録は制作年の下限、寄進者、画家、置かれた場所を伝える幸運な資料で、現存する作品をファン・デル・ウェイデンの名と結びつける唯一の同時代の資料である。のちにオランダ王ウィレム2世の所蔵となり、王の没後の1850年に売り立てられて、ベルリンの美術館のために購入された。

意義

館によれば、本作はおよそ1435年にブリュッセルに定住し、1440年代にヨーロッパ中から求められる画家となったファン・デル・ウェイデンの画業の中ごろの作品である。同じ画家の作品には、プラド美術館の《十字架降架》や、アルテ・ピナコテークの《コルンバの三連祭壇画》がある。