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《宰相ロランの聖母》

La Vierge du chancelier Rolin
《宰相ロランの聖母》ヤン・ファン・エイク
Wikimedia Commons / ルーヴル美術館 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
ヤン・ファン・エイク
制作年
1430–1435年
素材
板(オーク) / 油絵具
寸法
66 × 62 cm
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柱の並ぶ広間で、毛皮の縁の錦の衣をまとった宰相が、手を合わせてひざまずく。向かいでは赤い衣の聖母が膝に幼子を抱き、天使が冠を捧げる。三つのアーチの向こうには、川の流れる町と遠い雪山が広がる。

概要

《宰相ロランの聖母》(仏: La Vierge du chancelier Rolin)は、フランドルの画家ヤン・ファン・エイクが1430年から1435年頃に描いた油彩画である。縦66センチ、横62センチのオーク板で、パリのルーヴル美術館が所蔵する。所蔵館によれば、ブルゴーニュ公フィリップ善良公の宰相ニコラ・ロランが、聖母子の前で祈る姿を描いた肖像(寄進者像)で、長く「オータンの聖母」の名でも知られてきた。

画面の読み解き

所蔵館の記述によれば、左のロランは袖の広い錦の衣を着てひざまずき、右の聖母は宝石で縁どった大きな赤いマントをまとう。膝の上の裸の幼子キリストは、右手で祝福し、左手に宝珠を持ち、天使が聖母に冠を捧げる。床はタイル張りで、さまざまな大理石の柱が並び、柱頭の一部には旧約聖書の場面が彫られている。奥は三つのアーチで開け、庭、町、田園、山並みが、縮めた細密な風景として重なる。庭にはユリ、野バラ、ボタン、ヤグルマギク、アヤメが咲き、カササギやクジャクがいる。後ろ姿の二人の人物が庭から身を乗り出し、町を二つに分ける川を見下ろす。川には橋が架かり、中州には小さな城が建つ。左岸の家並みはつつましく、右岸には鐘楼が林立する。所蔵館によれば、この町は実在のどの町とも特定できていない。遠くにはブドウ畑や風車が見え、その先に雪をいただく山々が連なる。

技法・様式

オーク材の板に油彩で描かれ、板の裏側には緑、黄、黒の色で大理石を模した模様が描かれている。所蔵館によれば、近年の修復は1800年に館に入って以来初めての処置で、絵具を暗くしていた酸化したワニスの層が取り除かれた。2024年3月から6月には、これを記念して展覧会「ファン・エイクを見直す」が開かれた。館は、写本の挿絵や墓の浮き彫りとのつながり、ほとんど見えないほど縮められた背景の風景、庭の二人の人物などを、この作品を読み解く問いとして挙げている。

来歴

所蔵館によれば、1430年頃にニコラ・ロラン(1370年頃〜1462年)が注文したとみられる。生前は持ち運べる祈りの画として使い、1462年の死後は、オータンのノートル=ダム=デュ=シャテル聖堂のサン=セバスティアン礼拝堂で墓碑画とする予定だったと考えられる。ただしロランは聖歌隊席に葬られ、18世紀に絵が記録されたのも、聖歌隊席に隣り合う参事会員の聖具室だった。1705年の訪問を伝える1748年の記述が最初の記録で、1778年と1785年にも同じ場所で記されている。フランス革命で押収されてオータンの中央学校に置かれ、アレクサンドル・ルノワールが選んで1800年にルーヴルに入った。所蔵番号はINV 1271である。

意義

所蔵館は、本作がその重要さに比べて十分に知られていないとしたうえで、15世紀の最初の3分の1に初期フランドル派の美術を貫いた、中世の伝統と革新的な試みとの緊張をよく示す作品と位置づけている。展覧会では、ファン・エイクのほかの作品や、ロヒール・ファン・デル・ウェイデン、ロベルト・カンピン、同時代の写本画家の作品と並べて本作が検証され、フランクフルトのシュテーデル美術館が《ルッカの聖母》を初めて貸し出した。