《放浪者》
八角形の板に円く描かれた野の道を、籠を背負い、左右ちぐはぐの靴をはいた痩せた男が振り返りながら歩く。背後の傾いた家の戸口には男女が寄り添い、軒に鳥かごが下がる。足もとには犬、木戸の向こうに牛がいる。
概要
《放浪者》は、ヒエロニムス・ボスが1500年頃に描いた油彩の板絵で、ロッテルダムのボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館が所蔵する。館の記録では縦71センチ、横70.6センチで、館の題は《行商人(デ・マルスクラーマー)》。館によれば、もとは三連祭壇画の左右の扉の外側に描かれていたもので、扉の内側は、いまルーヴル美術館の《愚者の船》、イェール大学美術館の《大食と色欲の寓意》、ワシントン・ナショナル・ギャラリーの《守銭奴の死》に分かれている。中央の板は知られていない。
画面の読み解き
館の解説によれば、左右ちぐはぐの靴をはいたこの放浪者、あるいは行商人は、人生の道をゆく人間を象徴する。15世紀末に好まれた道徳劇の「エヴリマン(万人)」にあたる人物で、この世の荷を背負って人生を旅する巡礼者「ホモ・ウィアトル」を表し、誘惑に満ちた道を苦労しながら進む。館が Google Arts & Culture に寄せた解説は、背中の荷を罪の重荷とみなし、背景の娼家が表す誘惑に屈せずに生きようとする人間の姿と読む。
技法・様式
館は、来館者の問いに答えて、画中の動物にも重ねられた意味を説明している。白黒のカササギは最後の審判の天国と地獄の分かれ目を、犬は「吠える犬は噛まない」のことわざを、豚は貪欲と浪費を、鳥と鳥かごは性の誘惑と魂のとらわれを示す。宿の看板の白鳥は、中世に娼婦を「小さな白鳥」と呼んだことによるとみられる。館は、技術調査で本作が三連祭壇画の扉の外側だったことが分かり、《乾草車の三連祭壇画》の外側とよく似ていることから、似た図像を持つと考えられているとする。
来歴
館によれば、旧蔵者としてテオドール・シフと、ウィーンの収集家アルベルト・フィグドルが知られ、のち画商パウル・カッシーラーを経て画商ジャック・ハウトスティッケルの手に渡った。1931年、館はレンブラント協会とD・G・ファン・ベーニンゲン、F・W・ケーニヒスらの支援を得てハウトスティッケルから購入した。所蔵番号は1079 (OK)。本館が改修のため閉じている現在は、収蔵庫に保管されている。
意義
館は、本作がこれほど親しまれてきた理由として、19世紀後半にボスが中世末の最大の画家の一人として再発見されたことと、多くが描かれながら意味が定まらない謎めいた画面を挙げる。見る者はこの旅人のさまよいを自分の人生に重ね、500年前ではなく昨日描かれた絵のように語り合うことができる、という。