- 時期
- 1848–1900年
- 地域
- イギリス
- 時代
- 写実・印象派
ラファエル前派
1848年、ロンドンで若い画家たちが結成した芸術家の集まり。ラファエロ以後の型にはまった美術を退け、それ以前の中世や初期ルネサンスの誠実さに帰ろうとした。自然を細部まで観察した鮮やかな画面で、ヴィクトリア朝の美術を揺さぶった。
解説OVERVIEW
定義と時代背景
ラファエル前派は、1848年、ロイヤル・アカデミー美術学校で学ぶウィリアム・ホルマン・ハント、ジョン・エヴァレット・ミレー、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティらが、ロンドンのミレーの実家で結成した「ラファエル前派兄弟団」に始まる。7人の会員は作品に「P.R.B.」の頭文字を記した。彼らは、盛期ルネサンスのラファエロ以後、優雅な型を繰り返すだけになったと考えた美術と、それを教えるアカデミーに反発し、ラファエロ以前の中世や15世紀イタリアの絵画の誠実さに帰ろうとした。産業化の進むヴィクトリア朝のイギリスで、自然と信仰、文学に新しい真実を求めた運動である。
造形上の特徴
戸外で自然を直接観察し、草花の一本一本、布の織り目までを均等な鋭さで描き込む。白い下地の上に透明な絵具を薄く重ねるグレーズの技法で、宝石のように澄んだ鮮やかな色を出した。暗い色調と大きな筆致を好んだ当時のアカデミーの絵とは対照的である。主題は聖書、シェイクスピアや中世の物語、テニスンらの詩、そして同時代の社会問題で、画面の細部に象徴が込められることが多い。明るく平らな光、均一に細密な描写、文学的な主題が見分ける手がかりになる。
代表画家と代表作
ミレーは《両親の家のキリスト》(1849〜1850年)で聖家族を大工の一家として描いて非難を浴び、《オフィーリア》(1851〜1852年)や《盲目の少女》(1856年)で、自然の細密描写と人物の感情を結びつけた。ハントは《世の光》(1851〜1853年)などで宗教的な主題を、ロセッティは中世の物語や女性像を描いた。会員ではなかったフォード・マドックス・ブラウンも、移民の夫婦を描いた《イギリスの見納め》(1852〜1855年)でこの運動と深く関わった。批評家ジョン・ラスキンは1851年、新聞への投書で彼らを擁護した。
前後の流派との関係
兄弟団としての活動は数年で終わったが、その後、ロセッティのもとにエドワード・バーン=ジョーンズやウィリアム・モリスが集まり、中世への憧れと装飾性を強めた第二世代が生まれた。この流れは、美そのものを追う唯美主義や、手仕事を重んじるモリスのアーツ・アンド・クラフツ運動、さらにヨーロッパ大陸の象徴主義へとつながっていく。同じころ、フランスでは写実主義が同時代の現実を描いており、自然を忠実に観察するという点では通じ合いながら、精神性を重んじる点で異なる道を歩んだ。