《オデュッセウスに杯を差し出すキルケ》
- 作者
- ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス
- 制作年
- 1891年
- 素材
- キャンバス / 油絵具
- 寸法
- 148 × 92 cm
- 所蔵
- オールダム・ギャラリー
- 時代
- 世紀末〜ポスト印象
- 流派
- ラファエル前派
獅子を彫った金の玉座から、魔女キルケが片手に杯を、もう片手に杖を高く掲げる。背後の大きな丸い鏡には、剣の柄を握ってこちらへ歩み寄るオデュッセウスと、彼の船が映る。足もとには、豚に変えられた男が横たわる。
概要
《オデュッセウスに杯を差し出すキルケ》(英: Circe Offering the Cup to Ulysses)は、イギリスの画家ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスが1891年に描いた油彩画である。縦148センチ、横92センチのキャンバスで、イングランド北西部のオールダム・ギャラリーが所蔵する。ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』に取材した神話画で、館の音声ガイドでは職員が「館蔵品の花形」と紹介している。
画面の読み解き
所蔵館の案内によれば、キルケは太陽神ヘリオスの娘で、魔法で敵を獣に変える魔女である。トロイア戦争から帰る途中、オデュッセウス(英語ではユリシーズ)の部下たちは彼女の島アイアイエの館に迷い込み、薬を飲まされて豚に変えられた。部下を探しに向かったオデュッセウスは、途中で神々の使者ヘルメスから、薬が効かなくなる草を授かる。画面では、キルケが獅子を彫った金の玉座に座り、杯と杖を高く掲げる。背後の大きな丸い鏡には、剣を握りしめるオデュッセウスの用心深いまなざしと、船、館の柱が映る。館によれば、豚に変えられた部下は彼女の足もとに2頭おり、鏡の中にももう1頭が映っている。床にはスミレが散り、右には三脚の台が立つ。左下の段には画家の署名がある。
技法・様式
キャンバスに油彩で描かれる。ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館は、本作の下絵を含む画家のスケッチブックを所蔵している。同じ冊子には、《シャロットの女》(1888年)や、同じ1891年の《オデュッセウスとセイレン》(メルボルン、ビクトリア国立美術館)の下絵も描かれている。ビクトリア国立美術館の機関誌に載ったミシェル・ボノロの論考は、ゆったりした薄いクレープの衣と長くなびく髪、大きく広げた腕、自信に満ちたまなざしが、キルケを強い官能をたたえた姿にしているとし、その手には男を破滅させる道具が握られていると指摘する。
来歴
ボノロの論考とヴィクトリア&アルバート博物館によれば、本作は1891年にロンドンのニュー・ギャラリーに出品された。同じ年、画家はロイヤル・アカデミーに《オデュッセウスとセイレン》を出している。のちに、オールダムの実業家チャールズ・リーズが1892年に町の春の展覧会で画家から買い、1952年にその娘マージョリー・リーズが、館の前身にあたるオールダム美術館に寄贈したとされる。所蔵館では、2025年に修復を終えた1883年開館の旧館の展示室に、歴史と神話の人物を集めた一点として掛けられている。
意義
ボノロの論考は、1890年代初めのウォーターハウスがオデュッセウスと、その恋の相手キルケに強くひきつけられていたとし、鏡に映るオデュッセウスの姿が画家自身に似ていることにも触れる。魔法を操り、男を獣に変えるキルケは、社会に足跡を残そうとする当時の新しい女性のたとえとしても読めるという。館の音声ガイドは、キルケは美術の歴史を通じて、自立した、恐れられる女性として描かれてきたとし、玉座の吠える獅子に男性の力に対する女性の魔法の勝利を見る。画家は翌1892年にも《嫉妬に燃えるキルケ》を描いた。