
《自画像》1880年頃、ウフィツィ美術館
Wikimedia Commons / ウフィツィ美術館 / Public domain- 生没年
- 1829–1896年
- 国籍
- イギリス
- 様式
- ラファエル前派
ジョン・エヴァレット・ミレー
1829年にサウサンプトンで生まれ、1896年にロンドンで没したイギリスの画家。ラファエル前派の創立者の一人で、自然を細密に写した鮮やかな画面で知られる。のちにヴィクトリア朝屈指の人気画家となった。
略歴BIOGRAPHY
生涯
1829年6月、サウサンプトンで、ジャージー島に根を持つ家に生まれた。1840年、11歳でロイヤル・アカデミーの美術学校に入学した。1848年、ウィリアム・ホルマン・ハント、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティとともにラファエル前派兄弟団を結成する。批評家ジョン・ラスキンの擁護を受けたが、その妻エフィー・グレイと恋に落ち、ラスキンとの結婚が無効とされた後の1855年に彼女と結婚した。1863年にロイヤル・アカデミーの正会員、1885年に準男爵となり、1896年には同アカデミーの会長に選ばれたが、同年8月に没し、セント・ポール大聖堂に葬られた。
様式の変遷
初期には、ラファエル前派の理念に従い、草花の一本一本まで戸外で観察して描き、明るく澄んだ色で画面を埋めた。聖家族を大工の仕事場の労働者として描いた《両親の家のキリスト》(1849〜1850年)は激しい非難を浴びた。1850年代半ばからは同時代の暮らしに主題を求め、結婚後は筆致を大きく自由にしていく。後年は歴史画、肖像画、子どもの絵、スコットランドの風景画で大衆的な人気を得た。
代表作
《オフィーリア》(1851〜1852年、テート・ブリテン)はラファエル前派を代表する作品である。ほかに《ロレンツォとイザベラ》(1849年)、《盲目の少女》(1856年、バーミンガム美術館)、《秋の落葉》(1856年、マンチェスター市立美術館)、石けんの広告で知られる《シャボン玉》(1886年)がある。
影響
ラファエル前派の細密な自然描写と鮮やかな色彩は、イギリスの画家たちに大きな影響を与えた。後年の作品は大衆に愛され、ミレーを当代で最も裕福な画家の一人にしたが、ウィリアム・モリスらかつての支持者からは人気に迎合したと批判された。20世紀にはモダニズムの視点から低く評価されたが、近年は、ホイッスラーらと響き合う後期の作品も含めて見直しが進んでいる。