《ロレンツォとイザベラ》
白い布をかけた長い食卓に一家が並ぶ。右端では若いロレンツォがイザベラに血の色のオレンジを差し出し、手前では赤い胴着の兄が、彼女のひざに頭をのせた犬を蹴ろうと脚を突き出している。
概要
《ロレンツォとイザベラ》(英: Isabella)は、イギリスの画家ジョン・エヴァレット・ミレーが1849年に描いた油彩画である。縦103センチ、横142.8センチのキャンバスで、リヴァプールのウォーカー・アート・ギャラリーが所蔵する。所蔵館によれば、1848年にラファエル前派兄弟団が結成されてまもなく、19歳のミレーが描きはじめた、この新しい様式の最初期の作品である。詩に取材した歴史画にあたる。
画面の読み解き
主題は、ボッカッチョの物語をもとにしたジョン・キーツの詩『イザベラ、またはバジルの鉢』である。所蔵館によれば、フィレンツェの裕福な商人の兄弟は、妹イザベラと貧しい見習いのロレンツォの恋を許さず、のちにロレンツォを殺す。遺体を見つけたイザベラは首を切り取ってバジルの鉢に埋め、涙で水をやった。画家の息子の伝記は、同じ館に住む二人が、食卓に着けばそばにいるだけで心が和むのを感じずにいられなかった、という詩の冒頭の一節を引く。画面では、白い布をかけた食卓の左側に兄弟と客が並び、右端でロレンツォがイザベラに、半分に切ったオレンジの皿を差し出す。手前の兄は赤い胴着で身をかがめてくるみを割りながら、白い脚を突き出して、彼女のひざに頭をのせた犬を蹴ろうとする。所蔵館は、奥のバルコニーに置かれた草の鉢が結末を暗示し、兄が犬を蹴る仕草や、のちに流れるロレンツォの血を思わせる血のように赤いオレンジも悲劇の兆しだとする。左端で羽根を引きちぎる鷹や、イザベラの頭上のアーチに咲くトケイソウも、同館が挙げる象徴である。イザベラが座る腰掛けの側面には「PRB」の文字が刻まれている。
技法・様式
所蔵館は、明るい色彩、奥行きを抑えた平らな画面、あえて硬く角ばらせた人物の形を、初期イタリアの絵画から取り入れた特徴とし、物語ははっきりした身ぶりと表情で語られるとする。伝記によれば、人物はみな画家の友人と親族を写したもので、イザベラは異父兄の妻ホジキンソン夫人、ロレンツォはウィリアム・マイケル・ロセッティ、ナプキンで口をぬぐう男はひげを剃った画家の父、食卓の奥で細長いグラスをあおる男はダンテ・ゲイブリエル・ロセッティである。犬を蹴る兄は、美術学校の年上の学友ジャック・ハリスがモデルになった。ミレー自身は、衣装の一部をロセッティが貸した中世の衣装の本に従って描いたと語っている。
来歴
伝記によれば、本作は1849年の王立美術院の展覧会に出品された。『フレイザーズ・マガジン』は同年7月、色彩の繊細な美しさと兄の姿の力強さをたたえつつ、誤った様式にとらわれていると評した。所蔵館の来歴では、1849年に三人の画商が画家から買い、ただちにトッテナムの収集家ベンジャミン・ゴドフリー・ウィンダスに売った。1868年に画商エルンスト・ガンバールが競売で買い、彫刻家トマス・ウルナー、収集家コンスタンティン・アレクサンダー・イオニデス、画廊ブッソ・ヴァラドン商会を経て、1884年にウォーカー・アート・ギャラリーが購入した。所蔵番号はWAG 1637で、第6室に展示されている。
意義
伝記は、本作を、ミレーが「P.R.B.」の署名を入れて批評家に挑んだ最初の大作とする。多くの観客は、同時に出品されたホルマン・ハントの《リエンツィ》とともに、これを笑いものにした。それでもミレーは兄弟団の理念を守る決意を固め、翌年、同じ方法で《両親の家のキリスト》を描いて、さらに激しい非難を浴びることになる。