《ゴダイヴァ夫人》
赤い刺繍の布に覆われた白馬が、耳を立てて左へ歩み出す。その背に裸の若い女性がまたがり、長い栗色の髪を垂らして、うつむいたまま目を伏せている。背後にはノルマン様式の建物が見える。
概要
《ゴダイヴァ夫人》(原題: Godiva)は、イギリスの画家ジョン・コリアが1898年に描いた油彩画である。縦142センチ、横183センチ。イングランド中部の町コヴェントリーに伝わるゴダイヴァ夫人の伝説に取材した歴史画で、同市のハーバート美術館が所蔵する。美術史家ケイト・ニコルズによれば、同館で最も象徴的な作品で、館に寄せられる複製の申し込みの約9割を本作が占める。
画面の読み解き
館の解説によれば、ゴダイヴァは、夫のレオフリック伯に人々への課税をやめさせるため、裸で馬に乗ってコヴェントリーの通りを進んだと伝えられる。館の運営団体カルチャー・コヴェントリーの紹介によれば、12世紀末のセント・オールバンズ修道院の修道士ロジャー・オブ・ウェンドーヴァーの記録では、レオフリックは妻が裸で町を通るなら重税をやめると言い、ゴダイヴァは長い髪で体を覆って通りを進んだ。館の目録の解説によれば、コリアは彼女を若く、内気で繊細な女性として描いた。白馬は頭と首、前脚のほかを赤い刺繍の布に覆われ、背景にはノルマン様式の建物が見える。ゴダイヴァを描いた多くの絵と違い、横座りではなく馬にまたがらせている。
技法・様式
キャンバスに油彩で描かれる。ニコルズの論考(バーミンガム大学、2018年)によれば、コリアの習作では、ゴダイヴァははじめ正面を向き、腕と栗色の髪で胴を隠していた。完成作では横顔でうつむき、見る者と目を合わせない。力の抜けた足や脚は、エドウィン・ランドシーアのゴダイヴァほど人目を意識していないように見え、その落ち着きが、耳を立て頭を振り上げて左へ歩み出す筋肉質の馬の勢いと対照をなす。コリアはスレイド美術学校で裸体画を好んだエドワード・ポインターに学び、著書『油絵の手引き』(1886年)に、裸体の研究なしに本格的な人物画はありえないと書いた。
来歴
ニコルズによれば、本作は1898年6月にロンドンのニュー・ギャラリーで展示されて「展覧会随一の絵」と呼ばれ、筆致の確かさと輪郭の優美さを称えられた。同年9月にはバーミンガム王立芸術家協会の展覧会にも出品された。館の目録と日本語版ウィキペディアによれば、のちに活動家トーマス・ハンコック・ナンが所有し、1937年にその遺贈でコヴェントリーに入った。2008年に開いたゴダイヴァの展示室では、来館者を最初に迎える作品となり、現在も展示室「ディスカバー・ゴダイヴァ」で、ランドシーアらの絵とともに公開されている。
意義
館によれば、ゴダイヴァの物語は、1842年に詩人アルフレッド・テニスンが詩を発表してから、ヴィクトリア朝に広く親しまれた。カルチャー・コヴェントリーは本作を、町と抗議、女性の力の象徴と紹介する。一方ニコルズは、伝説では町の人々が彼女を見ないよう求められたのに、絵の前に立つ私たちは、禁じられた姿をのぞき見た「ピーピング・トム」の立場に置かれると指摘する。館の作品ファイルの書簡によれば、モデルは、のちにマブ・ポールの名で舞台女優として知られたメイベル・ヴァイオレット・ホールだった可能性があり、当時まだ10代だったとみられる。ニコルズは、市の象徴として親しまれるなかで見過ごされてきた、裸体画と見ることをめぐる問いを本作から掘り起こしている。