《マリアナ》
ステンドグラスの窓の前で、青いドレスの女が刺繍の手を止め、両手を腰に当てて大きく背を伸ばす。机の刺繍には針が突き立ち、床には枯れ葉が散り、右奥には小さな祭壇が見える。
概要
《マリアナ》(英: Mariana)は、イギリスの画家ジョン・エヴァレット・ミレーが1851年に描いた油彩画である。縦59.7センチ、横49.5センチのマホガニーの板絵で、ロンドンのテート・ブリテンが所蔵する。所蔵館によれば、1851年のロイヤル・アカデミーに、アルフレッド・テニスンの詩「マリアナ」(1830年)の一節を添えて出品された。添えられたのは、「わたしの暮らしはわびしい、あの人は来ない」「わたしは疲れた、疲れはてた、死んでしまいたい」と嘆く詩句である。
画面の読み解き
所蔵館によれば、テニスンの詩は、シェイクスピアの『尺には尺を』の登場人物マリアナに想を得ている。マリアナは難破で持参金を失って婚約者アンジェロに捨てられ、堀に囲まれた屋敷で孤独に暮らすが、いまはウィーン公の代理となったアンジェロをなお愛し、再会を待ちわびている。画面のマリアナは刺繍の手を止めて背を伸ばし、その姿勢と、刺繍に荒々しく突き立てられた針が思いの強さを示す。床に散る枯れ葉は時の流れを表す。前の窓のステンドグラスには受胎告知が描かれ、満たされた聖母と、満たされないマリアナとが対比される。この場面はオックスフォードのマートン・カレッジ礼拝堂の窓から写したものだが、紋章の意匠はミレーの創作とみられる。標語「In coelo quies」は「天に安らぎあり」の意で、死を願うマリアナの言葉に呼応する。
画中のスノードロップは「慰め」を象徴し、1月20日、少女が未来の夫の姿を夢に見ようと祈る聖アグネス祭の前夜の花でもある。所蔵館は、同じく思慕を主題とするジョン・キーツの詩「聖アグネス祭の前夜」への暗示の可能性も挙げる。右手前のネズミは、朽ちた羽目板の陰で鳴くテニスンの詩のネズミである。奥の三連の小さな祭壇画と銀の小箱を置いた祭壇は、マリアナが聖母に祈るテニスンのもう一つの詩「南のマリアナ」を指すのかもしれない。
技法・様式
所蔵館の調査によれば、支持体は木目が縦に通る一枚のマホガニー板で、画材商が塗ったとみられる厚い白の地塗りがある。赤外線写真では、マリアナの胴や腕に黒鉛か細いクレヨンによる確かな線描が見え、背後の腰掛けは当初、もっと強い短縮で構想されていた。背景や葉、肌、ドレスの影などは、白い地の反射を生かして細い筆で薄く小刻みに塗られ、ステンドグラスや赤い座面、革の壁掛けは厚い絵具を盛り上げて置いている。窓の赤には樹脂のコーパルと油を融合した媒剤が使われていた。ドレスの青は、影の部分がプルシアンブルー、光の当たる部分がウルトラマリンに見える。画面はきわめて良好に保たれている。
来歴
所蔵館によれば、1999年に相続税の物納としてイギリス政府に受け入れられ、テート・ギャラリーに配分された。所蔵番号はT07553。
意義
所蔵館によれば、ミレーは本作を、同じ『尺には尺を』に取材したウィリアム・ホルマン・ハントの《クローディオとイザベラ》(1850年、テート)と対になるよう意図した可能性がある。一方でテニスンに取材した主題として、1850年11月にテニスンが桂冠詩人となったことで時宜を得たものにもなった。ラファエル前派の画家が文学の場面を細部の象徴とともに描いた一例である。