《エコーとナルキッソス》
泉をはさんで、左に妖精エコーが座り、右でナルキッソスが水面に身をかがめる。彼女の視線は相手に向き、彼の視線は自分の映り込みに注がれる。二人の目は最後まで合わない。
概要
《エコーとナルキッソス》(英: Echo and Narcissus)は、ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスが1903年に描いた油彩画である。縦109.2センチ、横189.2センチ。リヴァプールのウォーカー・アート・ギャラリーが所蔵する。オウィディウス『変身物語』の一節を主題とする神話画で、ラファエル前派の様式を受け継いだ世代の代表作に数えられる。
画面の読み解き
主題は『変身物語』第3巻による。声を奪われ、他人の言葉の末尾を繰り返すことしかできない妖精エコーは、狩りの若者ナルキッソスに恋をするが退けられる。その報いとして彼は泉に映る自分の姿に恋し、そこを離れられずに死んだ。画面は泉で左右に分かれる。左ではエコーが木の根もとの岩に腰かけ、右手で細い枝をつかんで身を乗り出す。赤褐色の髪に赤い花を挿し、薔薇色の衣は肩から落ちている。右ではナルキッソスが草の上に腹ばいになり、腰に赤い布を巻き、葉の冠をかぶって水面をのぞき込む。傍らには麦わら帽子と杖が投げ出されている。暗い水には彼の顔と腕が映り、もう一人の人物のように見える。左岸に黄色い花菖蒲、右端に白いスイセンが咲き、彼の最期をあらかじめ告げている。
技法・様式
草の一本、睡蓮の葉、岩の苔まで細部を均等な鋭さで描く方法は、ラファエル前派から受け継いだものである。一方、輪郭をやや溶かした肌の扱いや、背景の樹々をまとめて置く筆は、19世紀末のアカデミーの技法に近い。画面を横長に取り、二人を左右の端へ離して中央を水で空けたことで、届かない距離そのものが構図になっている。
来歴
1903年のロイヤル・アカデミー夏季展に出品され、同じ年にウォーカー・アート・ギャラリーが購入した。所蔵番号WAG 2967。同館は、ナルキッソスの美しさが男女どちらの心も引きつけたと伝えられる点に触れ、この作品を性のあり方をめぐる歴史のなかでも紹介している。2015年12月から2016年3月にかけて、東京のBunkamura ザ・ミュージアムで開かれた「リバプール国立美術館所蔵 英国の夢 ラファエル前派展」に出品された。
意義
ラファエル前派兄弟団が結成された1848年にはまだ生まれていない画家が、その様式を半世紀後に引き継いで描いた一点である。精密な自然描写と文学的な主題という枠組みを保ちながら、物語の山場ではなく、二人のあいだの距離そのものを主題に据えた。今日ではウォーターハウスの代表作として、また相手に届かない思いの図像として広く知られている。