《ヒュラスとニンフたち》
- 作者
- ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス
- 制作年
- 1896年
- 素材
- キャンバス / 油絵具
- 寸法
- 98.2 × 163.3 cm
- 所蔵
- マンチェスター市立美術館
- 時代
- 世紀末〜ポスト印象
- 流派
- ラファエル前派
池のほとりにひざをついた若者が、水の中のニンフに腕をとられて身を乗り出す。スイレンの葉が浮かぶ暗い水面からは、髪に花を飾った七人の裸のニンフが顔を上げ、若者をじっと見つめている。
概要
《ヒュラスとニンフたち》(英: Hylas and the Nymphs)は、イギリスの画家ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスが1896年に描いた油彩画である。縦98.2センチ、横163.3センチのキャンバスで、マンチェスター市立美術館が所蔵する。ギリシア神話の若者ヒュラスが、泉のニンフたちに水の中へ誘い込まれる場面を描いた神話画である。
画面の読み解き
ウォーターハウスの研究者ピーター・トリッピによれば、ヒュラスは英雄ヘラクレスに育てられた若者で、ともにイアソンのアルゴー船で旅をした。船が島に立ち寄ったとき、水を汲みに行ったヒュラスは、池の精ナイアスたちに誘い込まれて溺れる。本作はその物語の山場を描く。画面の左では、短い黒髪のヒュラスが岸辺にひざをつき、水の上へ身を乗り出している。青い布をまとって腰に赤い帯を締め、水差しを手にしている。池の中からは、裸のニンフたちが上半身をのぞかせる。中央のニンフはヒュラスの腕をつかんで顔を見上げ、その後ろのニンフは、手のひらに真珠のような粒を載せて差し出す。手前では、背を向けたニンフが若者の青い布に手を伸ばす。右寄りのニンフは両手を髪にやり、右端の二人は水草の葉の間から若者を見つめる。左端の葦の陰にも、もう一人がいる。英国の公共美術のデータベース Art UK の解説によれば、七人はほとんど見分けがつかないほどよく似た若い娘で、長い髪に白や黄色の花を編みこんでいる。暗い水面はスイレンの葉と花に覆われ、葉のすきまからは、水中の茎やニンフたちの白い体が透けて見える。奥には暗い森が広がり、右上の岸には黄色いアヤメが咲く。左下に「J.W.Waterhouse / 1896」の署名と年記がある。
技法・様式
キャンバスに油彩で描かれる。トリッピによれば、画家は仕上がりに妥協せず仕事が遅く、絵具を何層にも塗り重ねた。数多く残る紙の習作から、七人のニンフはわずか二人のモデルをもとに描かれたことがわかる。白いスイレンの学名が「ニンファエア(Nymphaea)」であるように、ニンフたちは裸で互いによく似た姿をとり、水から伸びる花のように表される。トリッピは、この場面が伝統的には激しい略奪として描かれてきたのに対し、本作は物語を、若者と一人のニンフが見つめ合う静かな釣り合いの一瞬で止めていると指摘する。
来歴
トリッピによれば、画家は前年の夏にロイヤル・アカデミーの正会員に選ばれたことを記念して、本作を1896年の夏季展に出すつもりだったが、締め切りに間に合わなかった。同年7月、当時マンチェスター・シティ・アート・ギャラリーと呼ばれていた同館が800ポンドで先んじて買い取り、その秋の館の年次展で初めて公開した。翌1897年4月にはロイヤル・アカデミーの夏季展に送られ、1900年のパリ万国博覧会などにも出品された。1926年に中心部の本館から収蔵施設へ移され、1960年代まで本館の展示を離れていたが、以後は館のヴィクトリア朝絵画の展示の柱となっている。
意義
トリッピによれば、本作は画家の人気を大きく押し上げた。2018年1月、同館は「作品をどう展示し、どう解釈するかをめぐる対話を促す」ため、本作を一時展示室から外した。現代美術家ソニア・ボイスの個展に向けた企画の一部で、空いた壁には来館者が付箋で意見を貼り、1週間で700件を超える声が寄せられた。本作は7日後に展示へ戻され、古い名画を今日どう見せるかをめぐる議論の的となった。