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時期
1840–1880年
地域
フランス
本DB収録 21 点

写実主義

French Realism

1840年代のフランスに興った美術の動向。神話や歴史の理想化された世界に代わり、農民や労働者、同時代の人々の暮らしを、美化せずありのままに描こうとした。クールベを旗手に、ミレーやドーミエらが活躍した。

解説OVERVIEW

定義と時代背景

写実主義(レアリスム)は、1840年代のフランスに生まれ、1850〜1860年代に広がった動向である。当時は、国家が後援するアカデミーの展覧会サロンが、神話や歴史を主題とする歴史画を最も格の高いものとした。1848年の二月革命前後の激動と、産業化による都市と農村の変化を背景に、画家たちは理想化された古代や異国を描くロマン主義からも離れ、同時代の現実を描こうとした。1855年、パリ万国博覧会で作品の一部を拒まれたギュスターヴ・クールベは、会場の近くに自前の「レアリスム館」を建て、その目録で立場を宣言した。

造形上の特徴

主題は、農民、石割りの労働者、村の葬式、三等列車の乗客など、それまで大作に描かれなかった人々と出来事である。クールベは《オルナンの埋葬》(1849〜1850年)で、本来歴史画に用いる幅6メートルを超える画面に、故郷の村の名もない人々を等身大で並べた。人物は美化されず、労働の重さや貧しさも隠されない。土色や暗い色を基調とし、厚く置いた絵具やパレットナイフの跡が、物の重さや手ざわりを伝える。身近な人々を記念碑のような大きさと重さで描くことが、見分ける手がかりになる。

代表画家と代表作

旗手クールベは《石割人夫》(1849年)、《オルナンの埋葬》、《画家のアトリエ》(1854〜1855年)で論争を呼んだ。ジャン=フランソワ・ミレーはバルビゾン村に住み、《落穂拾い》(1857年)や《晩鐘》(1857〜1859年)で農民の労働と祈りを描いた。風刺版画のオノレ・ドーミエは、油彩の《三等客車》(1862〜1864年頃)で都市の庶民をとらえた。1860年代にエドゥアール・マネが、《草上の昼食》や《オランピア》(ともに1863年)で同時代のパリの人々を古典の構図に置き、写実主義を新しい段階へ進めた。

前後の流派との関係

写実主義は、ドラクロワらのロマン主義と、アングルらアカデミック美術の理想化された歴史画の双方への反発から生まれた。17世紀のオランダ黄金時代の絵画の風俗画や、ベラスケスらスペイン・バロック絵画の写実は、手本として見直された。文学ではバルザック、フロベール、ゾラと響き合う。同時代の生活を描く姿勢はマネを経て印象派に受け継がれ、関心は光と色の表現へ移った。

代表画家ARTISTS

代表作MAJOR WORKS

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