《神殿で見いだされた救い主》
金色の装飾に満ちた神殿で、紫の縞の衣の少年イエスを母マリアが抱き寄せ、後ろでヨセフが見守る。左には巻物を抱えた年老いたラビたちが座る。右の戸口の外では男が座り込み、職人たちが働いている。
概要
《神殿で見いだされた救い主》は、イギリスの画家ウィリアム・ホルマン・ハントが1854年から1860年にかけて描いた油彩画で、バーミンガム美術館が所蔵する。縦85.7センチ、横141センチのキャンバスで、所蔵番号は1896P80。「博士たちの中のキリスト」と呼ばれてきた伝統の主題を、民族誌的に正確な姿で描き直そうとした聖書の歴史画である。
画面の読み解き
館の解説によれば、主題はルカによる福音書の一場面で、エルサレムの第二神殿を舞台に、当時のユダヤ教の礼拝の様子も描いている。英語版ウィキペディアによれば、過越の祭りのあと、12歳のイエスがエルサレムに残り、三日後に両親が神殿で学者たちと語り合う息子を見つけた場面である。神殿のラビたちは、関心を示す者、怒る者、聞き流す者と、少年の言葉にさまざまに反応している。この描き分けは、デューラーの作例にも見られる、この主題の伝統に沿っている。
技法・様式
館によれば、本作はハントが聖地とエジプトを訪れて現地で行った民族誌的な調べをもとにした、プロテスタントの信仰に動かされた聖書画の代表作である。リヴァプール国立美術館の解説によれば、ハントは1854年のパレスチナ滞在中にこの主題に取りかかったが、ロンドンに戻って仕上げ、神殿の内部はロンドンの水晶宮にあったアルハンブラ・コートをもとに組み立てた。聖地ではモデル探しに苦労し、ロンドンのユダヤ人社会のつてで見つけた。聖母のモデルは、セファルディム系の名家の慈善家メアリー・エイダ・モカッタが客として務め、ラビたちの後ろの少年たちはスピタルフィールズのユダヤ人自由学校の生徒が務めたとみられる。
来歴
英語版ウィキペディアによれば、モデルの問題で制作は遅れ、ハントは途中で《贖罪の山羊》に取りかかって、本作は1860年にイギリスで完成した。画商エルネスト・ガンバールが著作権ごと5,500ギニーという巨額で買い取り、友人フレデリック・ジョージ・スティーヴンスが内容を詳しく説いた冊子とともに各地を巡回する展覧会を開いた。観客は冊子を買い、版画の予約を申し込み、興行は大きな成功を収めた。
意義
館は近年の展示で、本作の左のラビたちが、古い信仰を遅れたものとして示す反ユダヤ的な戯画になっているという見方も紹介し、赤い髪と青い目の母子との描き分けに、キリスト教の物語を優位に置く人種的な考え方を読み取っている。リヴァプール国立美術館は、その強い色彩とあふれる象徴が、ハントの考えたラファエル前派を体現すると評する。同館には、ハントが後から描いた小型の版がある。