《四月の恋》
ツタの絡む東屋の戸口に、紫のドレスに薄いスカーフを掛けた赤毛の娘が立ち、目を伏せて足もとを見ている。その陰には、娘の手を握ってうなだれる若者の頭がのぞく。窓の外には陽を浴びたライラックが咲き、石の床にはバラの花びらが散っている。
概要
《四月の恋》(英: April Love)は、イギリスの画家アーサー・ヒューズが1855年から1856年にかけて描いた油彩の風俗画である。縦88.9センチ、横49.5センチの縦長のキャンバスで、ロンドンのテート・ブリテンが所蔵する。所蔵館によれば、ヒューズの最もよく知られた作品で、ラファエル前派の作品の中でも特に人気が高い。
画面の読み解き
所蔵館によれば、描かれているのは若い恋人たちの緊張の一瞬である。娘は顔をそむけ、若者はうなだれて娘の手を両手で包む。陽を浴びたライラックは若い恋の象徴だが、陰の床に散ったバラは、二人の仲がうまくいっていないことを示す。ラファエル前派の画家はしばしば象徴を描き込み、ツタは永遠の命を、バラは愛を表す。床にまかれた花びらは、恋の終わりをほのめかすのかもしれない。1856年のロイヤル・アカデミーの目録には、若い恋人たちが愛の移ろいを恐れるテニスンの詩「粉屋の娘」の一節が添えられたが、作品はこの詩の挿絵として構想されたのではない。
技法・様式
キャンバスに油彩で描かれる。所蔵館によれば、ヒューズははじめの構想の、クリの木とワスレナグサのある水車の流れから、ツタに覆われた東屋に舞台を移した。額にもツタの飾りを用いている。敬愛したミレーの《ユグノー教徒》(1852年)や《エアリエルに誘われるファーディナンド》(1849年)の影響が見られ、豊かな青、緑、紫はまもなくヒューズの持ち味となった。展示ラベルによれば、鮮やかな色のドレスは当時の流行で、新しい化学染料と安価な布地が装いを華やかにした。
来歴
所蔵館によれば、娘のモデルはおそらく、1855年11月に結婚した妻トライフィーナ・フォードで、若者のモデルはアトリエを共にした彫刻家アレグザンダー・マンローといわれる。1856年のアカデミーの会場で、デザイナーのウィリアム・モリスが買った。モリスはエドワード・バーン=ジョーンズに、ほかの誰かに買われる前に押さえてほしいと手紙で頼んでいる。1909年に同館が購入した。所蔵番号はN02476。
意義
所蔵館によれば、批評家ジョン・ラスキンは1856年の『アカデミー・ノーツ』で、色の美しさや唇の震える表情を「どこをとっても精妙」とたたえた。本作は、ヒューズが風景の中の恋人たちを描いた一連の作品の最初のもので、画家に成功をもたらした。