
《自画像》(1851年、ナショナル・ポートレート・ギャラリー)
Wikimedia Commons / ナショナル・ポートレート・ギャラリー / Public domain- 生没年
- 1832–1915年
- 国籍
- イギリス
- 様式
- ラファエル前派(兄弟団の正会員ではない)
アーサー・ヒューズ
1832年にロンドンで生まれ、1915年にロンドン近郊のキューで没したイギリスの画家・挿絵画家。ラファエル前派の仲間と親しく交わり、恋人たちを描いた《四月の恋》で知られる。
略歴BIOGRAPHY
生涯
テートの伝記(テリー・リッグズ執筆)によれば、ロンドンに生まれ、1846年にサマセット・ハウスの意匠学校に入って彫刻家アルフレッド・スティーヴンズに学んだ。1847年にロイヤル・アカデミーの美術学校の奨学生となり、2年後に初めてアカデミーに出品する。1850年、ラファエル前派の雑誌『ジャーム』を読んでその画風に転じ、同じ年にウィリアム・ホルマン・ハント、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ、フォード・マドックス・ブラウンと知り合った。1852年にはジョン・エヴァレット・ミレーとも出会う。1852年ごろから1858年まで、彫刻家アレグザンダー・マンローとアトリエを共にした。1855年にトライフィーナ・フォードと結婚し、5人の子をもうける。1857年にはオックスフォード・ユニオンの壁画装飾に加わった。1908年にロイヤル・アカデミーに最後の出品をし、1915年にキューで没した。
様式
テートによれば、ラファエル前派の共鳴者で仲間と親しかったが、兄弟団の一員になったことはない。代表作の多くは1850年代に描かれた。テートの《四月の恋》の解説によれば、敬愛したミレーの影響を受け、豊かな青、緑、紫はまもなくヒューズの持ち味となった。風景の中の恋人たちを好んで描き、額にツタを飾ることも多かった。
代表作
《四月の恋》(1855〜56年、テート・ブリテン)と《長い婚約》(1854年頃〜59年、バーミンガム美術館)が知られる。1852年に出品した最初のラファエル前派風の作品《オフィーリア》はマンチェスター市立美術館にある。
影響
テートによれば、1855年から挿絵画家としても成功し、とくにトマス・ヒューズ、ジョージ・マクドナルド、クリスティーナ・ロセッティの作品の挿絵で知られる。その後の20年の多くを挿絵に費やした。