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《コフェチュア王と乞食娘》

King Cophetua and the Beggar Maid
《コフェチュア王と乞食娘》エドワード・バーン=ジョーンズ
Wikimedia Commons / テート / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
エドワード・バーン=ジョーンズ
制作年
1880–1884年
素材
キャンバス / 油絵具
寸法
293.4 × 135.9 cm
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金色の王宮の段の上に、灰色の粗末な衣の娘が素足で座り、正面を見つめる。下の段では甲冑の王が王冠を膝に抱えて娘を見上げる。上の回廊では二人の少年が楽譜をのぞき込み、奥の窓には夕暮れの景色が見える。

概要

《コフェチュア王と乞食娘》は、イギリスの画家エドワード・バーン=ジョーンズが1884年に完成させた油彩画で、ロンドンのテート・ブリテンに展示されている。テートの記録では縦293.4センチ、横135.9センチの縦長の大画面で、所蔵番号はN01771。1900年に募金を募った人々から国に贈られた。画家の作品総目録によれば、制作は1880年から1884年にわたり、「EBJ 1884」の署名と年記がある。

画面の読み解き

作品総目録によれば、主題はトマス・パーシーの『英国古謡拾遺』(1765年)に収められたエリザベス朝のバラッドで、テニスンも1842年に短い詩「乞食娘」に詠んだ。バラッドの王コフェチュアは女性を顧みなかったが、灰色の衣の美しい乞食の娘に一目で恋をする。画家は、王宮に招かれた娘が驚きのあまり一言も発せずに座っている、古い物語の一節を描いたとみられる。若い歌い手たちも黙って見入り、時が止まったような気配を強める。娘のそばのアネモネは報われない恋の象徴で、場面の張りつめた感情を際立たせている。

技法・様式

同じ目録によれば、構図にはルーヴル美術館にあるマンテーニャの《勝利の聖母》や、ロンドン・ナショナル・ギャラリーで見られたクリヴェッリの《受胎告知》の影響が指摘されている。強い短縮法で描いた面が上へ重なる、ありそうにない建築空間を、布や影、アッシリア風の異国的な装飾で巧みに隠している。上の戸口からのぞく夕暮れの風景は第二の光源となり、娘がやってきた外の世界を思い出させる。王の盾と王冠は、画家の意匠でW・A・S・ベンソンが作った実物の金工品を写した。画家は1883〜84年の冬の大半をこの絵に費やし、とりわけ娘の衣装に悩んだ。

来歴

作品総目録によれば、本作は1884年4月23日に完成し、同年のグローヴナー・ギャラリーの展覧会で大成功を収めた。『タイムズ』は、画家の最高傑作であるだけでなく、イギリス人が描いた最も優れた絵の一つだと評した。1889年のパリ万国博覧会でもフランスで広く人気を集め、画家はレジオン・ドヌール勲章を受けた。1900年、ウォーンクリフ伯の遺言執行者から公募の資金で買い取られ、国のものとなった。いまも、画家が好んだヴェネツィア・ルネサンスの祭壇形の当初の額に収まっている。

意義

作品総目録によれば、画家の妻ジョージアナは、この絵にはほかのどの作品よりも夫自身の資質が込められていると考えていた。フランスの批評家ロベール・ド・ラ・シズランヌは、富を競う万国博の会場で、美しさのために乞食の娘の足もとに王冠を置く王の姿を「富の蔑視」の象徴的な表現と見た。ベルギーの象徴主義の画家フェルナン・クノップフも、この絵の影響に触れている。