《イギリスの見納め》
外套の襟を立てた男と、灰色のマントの妻が、甲板の手すりを背に並んで座る。妻の手の中には、マントの下に隠れた赤ん坊の小さな手がある。背景の白い崖が、二人の見る最後のイギリスである。
概要
《イギリスの見納め》(英: The Last of England)は、フォード・マドックス・ブラウンが1852年から1855年にかけて描いた油彩画である。板に描かれ、縦82.5センチ、横75センチ。バーミンガム美術館が所蔵する。オーストラリアへ向かう移民の夫婦を、円形に切り取った画面に収めた。ラファエル前派の方法をもっともよく示す一点とされる。
画面の読み解き
船の甲板、手すりの内側に夫婦が並んで座る。男は鍔の広い茶の帽子をかぶり、外套の襟を立てて、遠くをにらむように見ている。女は灰色のマントに身を包み、内側が薄紅の帽子の紐を顎の下で結ぶ。二人の手は膝の上で重ねられ、女のもう一方の手は、マントの下から出た赤ん坊の小さな手を握っている。頭上には黒い傘が差しかけられ、しぶきを受けている。後方では赤毛の男が陸へ向かって拳を振り上げ、その手前では女が子どもを抱き、金髪の少女がりんごをかじる。手すりの網には航海用のキャベツがいくつも吊るされ、白い救命艇の舷側には「Eldorado」の船名が記される。右上の遠景には、緑の海の向こうに白い崖が見えている。画面は円形に描かれ、四隅には板の地がそのまま残る。
技法・様式
白い下地の上に明るい絵具を置き、遠近を問わず細部まで焦点を合わせて描く、ラファエル前派の方法が徹底されている。人物の肌は寒さで青みを帯びる。ブラウンは実際に戸外制作で寒空の下に座り、手が青くなるのをむしろ喜んだと日記に残し、妻の帽子の紐を描くのに4週間を要したとも記した。キャベツについては「船尾に吊るされたキャベツは、心得のある目には長い航海を示す。そうでなければ描き入れる意味がない」と説明している。画面を円形にしたことで、甲板の揺れと逃げ場のない狭さが強まり、四隅に残された板の地がその円を際立たせる。
来歴
1852年に着手され、1855年に仕上げられた。1859年3月、収集家ベンジャミン・ウィンダスの手から画商エルネスト・ガンバールへ325ギニーで売られている。1891年にバーミンガム市が購入し、以後バーミンガム美術館にある。所蔵番号1891P24。同主題の別の油彩がケンブリッジのフィッツウィリアム美術館に、1864年から1866年にかけて描かれた縮小版の水彩がテート・ブリテンにある。
意義
制作のきっかけは、1852年7月に彫刻家トマス・ウルナーがオーストラリアへ発ったことだった。この年だけで35万人以上がイギリスを離れており、移民は同時代の切実な主題である。ブラウンは描いた夫婦をあえて中産階級とし、「教育のある者は、食と快適さを第一に考える無学の者よりも、強い絆で祖国に結ばれている」と書いた。英雄も物語もない同時代の出来事を、歴史画の格式と大きさで描いた点に、本作の位置がある。