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フォード・マドックス・ブラウンの肖像

《自画像》1877年、ハーヴァード美術館(フォッグ美術館)

Wikimedia Commons / ハーヴァード美術館 / Public domain
生没年
1821–1893年
国籍
イギリス
本DB収録 1 点

フォード・マドックス・ブラウン

Ford Madox Brown

1821年にフランスのカレーで生まれ、1893年にロンドンで没した画家。ラファエル前派の同人ではなかったが、ロセッティを教え、明るい色と細密な描写でその理念を先取りした。

略歴BIOGRAPHY

生涯

1821年4月16日、フランスのカレーにイギリス人の子として生まれた。1835年からブリュッヘでアルベルト・グレゴリウスに、1836年からヘントでピーテル・ファン・ハンセレーレに、1837年からアントウェルペンでギュスターヴ・ワッペルスに学ぶ。1840年代初めをパリで過ごしたのち、1845年から翌年にかけてバーゼルとローマを訪れ、バーゼルで見たホルバインと、ローマで会ったオーヴァーベックやコルネリウスらナザレ派から強い影響を受けた。ロンドンに戻ったのち、その初期作に感嘆したダンテ・ゲイブリエル・ロセッティに請われて短い期間その師をつとめ、これがラファエル前派との縁となる。1861年にはウィリアム・モリスの工房モリス・マーシャル・フォークナー商会の創立同人となり、家具やステンドグラスの下絵を手がけた。1893年10月6日、ロンドンで没した。

様式の変遷

初期は歴史画の大画面で、ナザレ派ゆずりの硬い輪郭と重い色調を用いた。1850年代に入ると、白い下地の上に明るい絵具を置き、戸外制作で光を観察して細部まで描き込む方法へ転じる。この描き方はラファエル前派の主張と重なり、ブラウンは同人にならないまま、その最も早い実践者の一人となった。晩年は装飾的な壁画へ向かい、1878年に始まり1893年に完成したマンチェスター市庁舎大広間の12点の壁画が最後の大作となった。

代表作

《イギリスの見納め》(1852〜1855年、バーミンガム美術館)、都市の労働のすべてを一枚に収めようとした《労働》(1852〜1865年、マンチェスター市立美術館)、《エドワード3世の宮廷のチョーサー》(1847〜1851年)などが知られる。

影響

ロセッティを通じてラファエル前派へ直接つながり、次の世代にも技法と主題の両面で影響を残した。移民や労働といった同時代の出来事を、歴史画に与えられる大きさと格式で描いた点は、ヴィクトリア朝の絵画の中でも際立っている。最初の妻エリザベス・ブロムリーを1846年に、二番目の妻エマ・ヒルを1890年に亡くし、息子オリヴァーにも19歳で先立たれた。孫は小説家のフォード・マドックス・フォードである。

代表作MAJOR WORKS

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