《両親の家のキリスト》
大工の仕事場の作業台の前で、掌に傷を負った少年イエスが、ひざまずく母マリアに頬を寄せる。父ヨセフが身をかがめてその手を取り、祖母アンナも身を乗り出す。右では幼い洗礼者ヨハネが水の鉢を運ぶ。
概要
《両親の家のキリスト》(英: Christ in the House of His Parents)は、ジョン・エヴァレット・ミレーが1849年から1850年にかけて描いた油彩画である。縦86.4センチ、横139.7センチ。ロンドンのテート・ブリテンが所蔵し、「大工の仕事場」の別名でも知られる。所蔵館によれば、少年時代のイエスが父ヨセフの仕事場で釘に触れて手を傷つけた場面を描いたもので、ラファエル前派の画家の作品のなかでも最も物議をかもした一点だった。聖書の場面を理想化せず、同時代の職人の仕事場として描いた、結成まもない兄弟団の姿勢をよく示す作品である。
画面の読み解き
作業台を囲んで、聖家族と仕事場の人々が集まる。中央では、白い衣の少年イエスが傷ついた掌を差し出し、ひざまずいた青い衣の母マリアに頬を寄せる。所蔵館によれば、マリアの顔には、何気ない出来事の中に不吉な前ぶれを見てとったような苦悩が浮かぶ。赤いシャツの父ヨセフと、赤い肩掛けの祖母の聖アンナが、子どもを慰めようと身を乗り出す。左では上半身裸の徒弟が作業台に手をついてのぞき込み、右では毛皮をまとった幼い洗礼者ヨハネが、水を入れた鉢を慎重に運ぶ。奥の壁には鋸などの道具と梯子が掛かり、左の戸口の外には、柵に囲まれた羊の群れと緑の丘が見える。床には木の削りくずが散らばる。
技法・様式
所蔵館によれば、ミレーはラファエル前派の考えに沿って、細部まで写実的に描くことに努めた。しばらくのあいだロンドンのオックスフォード・ストリートにある本物の大工の仕事場に住み、友人や親族を人物のモデルにした。ヨセフの体は食料品店の主人をモデルに働く男の筋肉を描いたが、顔には自分の父の顔を使い、その高い額に知性と思慮を託した。背景の羊は肉屋から手に入れた羊の頭をもとに描き、少年の手の傷の色を確かめるために自分の血を採ったという。画面は写真のような質感を帯びるが、隅々まで行き渡る細かな描写は、かえって中心の場面から目をそらさせる。同時代の道具やイングランドの田園の一角が、はるか昔のパレスチナの場面に持ち込まれ、時間と空間が奇妙に混じり合ってもいる。
来歴
1850年にロイヤル・アカデミーで初めて展示されると、報道で大きな論争を呼び、ヴィクトリア女王が自分の目で確かめるために絵を取り寄せたほどだった。所蔵館によれば、宗教画は伝統的に理想化して描かれていたため、美しさも穏やかさもない聖家族の姿は、見る者を驚かせ、不快にさせるものと受け取られた。作家チャールズ・ディケンズは雑誌『ハウスホールド・ワーズ』で本作を「卑しく、忌まわしく、不快で、胸が悪くなる」と評している。1921年、アート・ファンドと多くの寄付者の援助によってテートが購入した。所蔵番号N03584。テート・ブリテンの第10室に展示されている。
意義
所蔵館によれば、成人してからのイエスの受難は、画面に置かれた象徴で暗示されている。編みかけの籠はイエスがまだ果たすべき仕事を、大工の道具は磔刑を表し、手の傷から足へ落ちる血のしずくは、のちに受ける傷を思わせる。聖書に取材した歴史画の伝統的な美しさを退け、細部の写実と象徴を重ねた本作は、非難を浴びながらも、ラファエル前派が宗教画に持ち込んだ新しい真実の見方を最もはっきりと示している。