《欺かれるマーリン》
- 作者
- エドワード・バーン=ジョーンズ
- 制作年
- 1872–1877年
- 素材
- キャンバス / 油絵具
- 寸法
- 186 × 111 cm
- 時代
- 写実・印象派
白い花の咲くサンザシの茂みに、魔術師マーリンが力なく身を沈めている。その前に立つニムエは、髪に蛇を巻きつけ、開いた本を手にしたまま肩越しにマーリンを振り返る。
概要
《欺かれるマーリン》(英: The Beguiling of Merlin)は、エドワード・バーン=ジョーンズが1872年から1877年にかけて描いた油彩画である。縦186センチ、横111センチ。イギリスのレディ・リーヴァー・アート・ギャラリーが所蔵する。画家がもっとも好んだアーサー王伝説から、魔術師マーリンが恋した乙女ニムエに眠らされる場面を描く。1877年、ロンドンのグローヴナー・ギャラリーの第1回展で公開され、画家の評価を決定づけた。ラファエル前派の第二世代を代表する作品である。
画面の読み解き
画面いっぱいに、白い花をつけたサンザシの木々が幹と枝をくねらせて茂る。左下では、濃い青緑の衣をまとった白髪のマーリンが、茂みに体を預けて斜めに傾き、両腕を力なく垂らしている。目は開いているが、どこも見ていない。その右に立つニムエは、青灰色の薄い衣を体にまとわりつかせ、両手で開いた本を持ったまま、肩越しにマーリンを振り返る。結い上げた髪には何匹もの蛇が巻きついている。ニムエは素足で、その背後の茂みから、マーリンの脚と革ひものサンダルがのぞく。左下の草地には青いアヤメが咲いている。
技法・様式
縦に長い画面に、ニムエの細く引き伸ばされた体がゆるやかな曲線を描いて立ち上がる。所蔵館は、ニムエの姿の長くしなやかな線と背後のサンザシの木々が、見る者をも魅了すると解説する。衣の細かな襞や、花の一つ一つまで描き分けた茂みは、ラファエル前派の細密な描写を受け継ぐ。一方で、物語の劇的な動きよりも、魔法がかかる瞬間の静けさが画面を支配しており、筋書きより画面の美しさを重んじる芸術のための芸術の考えに通じる。美そのものを追った唯美主義の代表作の一つにも数えられる。
来歴
リヴァプールの船主で収集家のフレデリック・レイランドの注文による。制作は1872年に始まり、1874年までに大半が描かれた。画面には「E BURNE JONES MDCCCLXXIV」(1874年)の署名と年記がある。その後も手が入れられ、1877年5月のグローヴナー・ギャラリーの開館展で初めて公開された。1918年、石鹸会社リーヴァー・ブラザーズを興したウィリアム・ヘスケス・リーヴァーが購入し、1922年に開館した同館に収められて今日に至る。所蔵番号LL 3121。
意義
所蔵館によれば、マーリンに恋されたニムエはその思いにつけこんで魔法の術を学び、ついには師を深い眠りに落とした。館は、二人の張りつめた関係に画家自身の私生活を読み取ることもできるとする。1860年代、バーン=ジョーンズは、ロンドンで美術の後援者として知られたイオニデス家の一員マリア・ザンバコに心を奪われ、二人は1870年代初めまで近しい関係にあった。ニムエの顔は彼女をモデルにしたとされる。作家オスカー・ワイルドは本作を「魔法に満ちている」と評した。愛した女に力を奪われる男という主題は、世紀末の象徴主義が好んだ「宿命の女」の像にも通じている。